2019年6月18日(火)「世界のアートシーン 過去3年間のダイジェスト&はみだし」

コース:ニュー・インダストリー
講師:塩見有子(AITディレクター)
日時:6月18日(火)19:00-21:00 場所:代官山AITルーム

 
アート界の仕組みやアートに関わる仕事を紹介する全3回の「ニュー・インダストリー」コース。AITディレクターの塩見有子さんが講師を務める本コースは、広くアート界の姿を捉えることを目的としています。2回目では、2017年から2019年の世界のアートシーンの重要ニュースやアート界をにぎわせた話題がさまざまな視点から紹介されました。

 
■「インスタ映え」する美術館や展覧会の増加
2018年に東京・六本木の森美術館で開催された「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」は、動員数が目標の40万人を大幅に超える61万人を記録し、同館で過去2番目となりました。同年の展覧会の中ではチケットが高額でしたが、「インスタ映え」する展示が話題を呼びました。
「インスタ映え」の展示は同館の最近の方針を表すもので、『シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略』(洞田貫晋一朗著、翔泳社)という本まで出版されています。これまで日本の多くの美術館では、著作権の問題やカメラのフラッシュが作品に与えるダメージを主な理由として写真などの撮影は禁止されていました。しかし、森美術館は、撮影を許可することで多くの来場者が見込めると予測し、アーティストと粘り強く交渉して、実現しました。

 
■インスタグラムとアートの関係
インスタグラムとアートの関係はどんなもので、それによってキュレーションの在り方はどう変わっていくのでしょうか?インスタグラムはアートの鑑賞方法をどう変えていくのでしょうか?
キュレーターたちはまず作品ありきとは言いますが、写真撮影OKの流れが出てきて、キュレーションにおいてもインスタグラムの存在が意識されるようになっています。マーケティングの上でインスタグラムをどう活用できるかということも考慮されるようになってきています。
一方で、「インスタ映えするのがよい展覧会」という捉え方に疑問を呈する意見は当然あります。例えばアメリカでは、「インスタ映え」を追求した美術館、つまり写真撮影を目的に行く美術館であることを前面に打ち出したMuseum of Ice Cream(アイスクリームの美術館)、Museum of Selfie(セルフィーの美術館)、Museum of Feeling(感情・気持ちの美術館)まで登場しています。これらについては、キュレーターから、「美術館」と称するのがふさわしいのかという疑問が出ています。
また、ニューヨークのNew Museumは、現代の「インスタ映え」を狙う展覧会に対抗し、美術館の役割を問う野心的な展覧会「Marta Minujín: MENESUNDA RELOADED展」を開催しています(9/29まで開催中)。

 

 
■「インスタ映え」と、美術としての価値
「インスタ映え」は、作品が本来持つ文脈とどんな違いがあるのかを改めて考えるきっかけにもなっています。この問いに関連して、キュレーターのマッシミリアーノ・ジオーニは、「インスタ映えのミュージアムでは、鑑賞者が写真撮影という労働に従事する労働者になってしまっている」と指摘しています。

 
■「インスタ映え」の効果と悪用、逆を行くアートの見方
ワシントンD.C.の中心部にあるハーシュホーン博物館・彫刻公園は入場料が無料のミュージアムですが、草間彌生の「Yayoi Kusama Infinity Mirrors」展をきっかけに、ミュージアムのメンバー数が65倍くらい増加し、大幅な収入増につながりました。助成金などと違い、「ひも付き」(条件付き)ではないお金は、美術館にとって自由に活用でき、コストの高い展覧会や冒険的な展覧会にも挑戦できるので、大きな意味があります。
中国では、草間彌生と村上隆の偽展覧会が行われてしまい、アーティストが法的に訴えました。「インスタ映え」する作品(の偽物)が金もうけの手段に悪用された例です。
テート・ギャラリー(ロンドン)では、ウェブサイトで「A guide to slow looking」(アート作品を、時間をかけて見るためのガイド)を公開しています。写真を撮って終わり、ではなく、じっくりと作品と向き合おうという提案です。

 
■ギャラリーがミュージアムのような役割を担おうとする挑戦
ギャラリーがミュージアムのような働きをする動きにも注目が集まっています。地中海の島にアートスペースをつくっているHAUSER and WIRTHは、「ホワイトキューブから離れて、多様性やアクセスビリティーを取り込み、社会的責任を果たしたい。ギャラリーにできること、できないことの境界線を越える」と宣言しています。
また、巨大ギャラリーのギャラリストが、若手を育てようと、アートフェアの出展料をサポートすることもあるそうです。
日本では、山本現代と、URANO、ハシモトアートオフィスが共同で「ANOMALY」という既存の枠に収まらないギャラリーを2018年に設立しました。
 

 
■日本:アーティスト支援の動き
ギャラリーがミュージアムのような役割を担おうとする挑戦がある一方、国内では、東京都とTOKAS(トーキョーアーツアンドスペース)が主催するTokyo Contemporary Art Award(2019年~)やアーティストの制作費を助成する「現代美術助成(主催:テルモ生命科学芸術財団、2015~2018年)」など、行政や企業が実績のあるアーティストを後押しするサポートが登場してきています。
これらは、実績のあるアーティストでも制作費に困っているという現状に対応した動きで、ほかにもアーティスト・スタジオに訪問し選考する助成制度などもあるそうです。
こうしたアーティスト支援において、存続できる助成をどう根付かせるかが課題だという話に広がりました。

 
■日本:アートとビジネスの急接近
また、2013年頃からギャラリストやコレクターによる出版物が増加し、「アートでビジネス(付加価値)」から「アートのビジネス(価値創造)」や「ビジネスにアート(革新性)」へ、という動きがみられています。
アーティストやデザイナーの絵を製品のパッケージに使う、ライオンのNONIO Art Wave Awardや新しいアーティスト支援の仕組みとして好きなアーティストに140円くらいから気軽にステッカーを送れるアプリChain Museumの「Art Sticker」、また流通やインフラに関しては、ブロックチェーンの仕組みを使って作品の来歴などを追い、作品の信頼性を保証する「スタートバーン」があります。
アートはプロセスも含めてアートであり、そういう過程はビジネスなどにも応用できるのかもしれません。

 
■環境問題とアート
第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の国別参加部門で金獅子賞を受賞したリトアニア館《Sun and Sea (Marina)》は環境問題を扱っています。この作品は、観客が吹き抜けになっている建物の2階に上がり、階下を見ると、ビーチのような空間で人々がくつろいでいる様子を見ることができます。ビーチにいるさまざまな年齢や人種の人たちはパフォーマーで、「あの人はごみを片付けない」などといった社会への嘆きをオペラ調で歌い始めます。この光景を見ていると、少しずつこうやって世界が滅びるのではないかと思えてきてしまいます。
デンマーク生まれのアーティスト、オラファー・エリアソンは、2018年にロンドンのテート・モダンなどの屋外でグリーンランドから運んできた氷を設置した作品《ICE WATCH LONDON》を発表しました。人々は都市に出現した氷の周りを歩いたり、直に触ったりすることができます。パチパチという氷が溶けていくような音が聞こえ、何万年前も前にできた氷が温暖化による影響で溶けていることを、概念として頭で考えるのではなく、体で感じることができる作品です。この作品は、ブルームバーグ社が出資したプロジェクトで、同社の本社前にも氷が置かれました。
ほかにもオラファーは、エンジニアのフレデリック・オッテセンと協力して、太陽を模した形のソーラー発電式ライトを開発し、電気のない地域に「光」を届ける作品《Little Sun》プロジェクトも行っています。
温暖化や社会的課題を考えることをテーマにしたアート作品を見ていると、かなり深刻な状況が見えてきます。最近は、アートを制作し展示する際の二酸化炭素の排出量を考慮する動きまで出てきているそうです。

 

 
ほかにも、この数年の動きとして、オークションで落札されるアート作品の高騰や公共の場でのアートの倫理性について、また国内では、個性的な国際展の増加や、東京パラリンピックに向けて動き出しているアートプロジェクトや展覧会についても触れました。

 
阪口あい

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