Vol.1「アートを仕事にするために!」/ 2012年8月
今井曜子さん(SCAI THE BATHHOUSE) 2007年度MADアート&コミュニケーション修了

「若手作家を美術史に位置づける支援をしていきたい」
東京・谷中にあるSCAI THE BATHHOUSE(以下、SCAI)は、銭湯を改築した特徴的な空間と巨匠から若手まで幅広いセレクトでエッジを利かせた展示に定評のある現代アートのギャラリー。そのSCAIに2011年の春から勤務している今井曜子さんを迎え、「アートを仕事にするために!」と題して、アートに興味を持ったきっかけ、アート業界を知ること、アートを仕事にすることについて、公開インタビュー形式でお話を伺った。

 
アートに関心を持つ
聞き手(脇屋):今井さんは、現在台東区谷中にあるSCAI THE BATHHOUSEという現代アートを扱うギャラリーで仕事をされていますが、そもそもアートに関心を持ったきっかけについてまず伺いたいと思います。

 


今井曜子さん

今井:四年制大学の法学部卒業なので、美術について直接学ぶことはなかったのですが、旅を通じて現代アートと出会いました。高校生の頃から展覧会を見たり、美術の授業で何か作ったりすることは好きなほうでしたが、大学2年生の休みにヨーロッパ12カ国を周った時に、それまでに見たことのないものを見て人間の創造力のすごさに感動し、いつかこの業界で働きたいと思ったことがきっかけです。
特にバチカンの聖ピエトロ教会などは、実際に空間に身を置かないとすごさがわからなかったと思います。空間を自分の五感で感じることが大切だと強く感じました。何故この絵がこのように描かれているのか、どうして柱がこういう形なのかということを考え、いつか勉強したいと思っていました。

 

脇屋:今ではインターネットを通じてさまざまなアートを見ることができますが、やはり実際に現地に出向いて作品と対面することも意識されていたのですね?

 

今井: 学生時代はいいものも悪いものも含めてたくさん見ることが大切だと思い、いろいろなものを見るようにしていました。学生時代の終わりには、中南米を4カ月かけて周ったのですが、コスタリカやグアテマラ、ホンジュラスでは街なかにアーティストが勝手に作品を置いたりしているので、通りを歩くのがとても楽しかったです。国や文化圏が違えばアートへの関わり方も変化するという感覚は、そういった経験を通して学んできた気がします。ヨーロッパでは美術に歴史がありますが、中南米では今まさにアートが興りつつあるという感じがしました。コンテンポラリーなんです。そうしたことが、私の関心をコンテンポラリーアートと街づくりに向けさせたような気がしています。

 

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旅先の様子(中南米)

 

アート界を知る
脇屋:アートが好きであることとアートの仕事をすることは、また別のことと考えると、アートを仕事にするにあたって何か準備したことはありますか?

 

今井: 大学卒業後は一般企業に勤めていたのですが、夏休みにNPO法人AIT(エイト)の教育プログラムMADの集中講座を受講したときのことをよく覚えています。当時ホイットニー美術館(ニューヨーク)のインターンをされていた中森氏(NPO法人AITの設立メンバーで、現在ヒューストン美術館写真部門キュレーター)に「美術業界に進むのに何が必要ですか?」と聞いたところ、ひとつは最低でも2ヶ国語、本当は3ヶ国語でコミュニケーションができることと、もうひとつは美術史の最低限の知識を身に着けていることと言われました。わたしにはどちらもなかったので、そのアドバイスに従って勉強することにしました。

 

脇屋:具体的にどのようなことをしましたか?

 

今井: それまで働いていた会社を辞めてロンドンへ留学しました。日本には当時、美術史の勉強をするにも、大学院で現代アートの歴史を教えているところがあまりなかったということもありましたし、今後仕事をする上でも学位は取っておいたほうがいいと思っていました。また自分でも体系立てて卒論を書くかどうかで勉強の幅も変わると思い、思い切って決めました。
一年目はロンドン大学のゴールドスミス・カレッジで現代アートのディプロマコース(研究課程)に通いました。これは、学部生のときに美術史を専攻していなかった人が、修士課程といわれるMA(Master of Arts)の前に受講するコースです。その後、近代美術の歴史も知らないと現代の深いところまでわからないと感じたので、近代と現代の両方の美術史を学ぶことができるUCL(University College of London)のMAに進学しました。

 

脇屋:留学には語学力の壁があると思いますが、どのように克服しましたか?

 

今井: 勤めていた外資系の会社は、入社にはTOEIC600点、その後営業職の海外出張には730点が必要となったのですが、留学前の私はそれにギリギリ届くくらいでした。ディプロマ・コースを受講するのに必要なIELTS(アイエルツ:イギリスの英語検定試験)の点数を取っていなかったのですが、留学経験のある方にうかがったところ、それでも現地に行くのがいいとアドバイスをもらいました。というのも、どの大学にも留学生向けに準備コースがあり、ゴールドスミス・カレッジでは、語学の他にもMADでも教えているような思想家の理論なども学ぶことができるからです。そのコースで小論文の提出とプレゼンテーションをパスすればディプロマ・コースを受講できるということがわかり、日々自分なりにこつこつ勉強をしていました。それは、今でも変わらないです。

 

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ロンドン留学時代の今井さん

 

アートを仕事にする
脇屋:学位を取ってから就職までは、どのような道のりがあったのでしょうか?

 

今井: 卒業後は現地のギャラリーで4ヶ月間インターンをしました。当時ロンドンでは、例えばギャラリー等アート関連の職場において、無給で週5日2年間働いても定職につけない状況ながら、求人が出ると200人以上の応募がありました。私は幸運にも、展覧会期間中に監視員としてお手伝いをした所でその後経理アシスタントとして働くことができました。その後に、日本で働きたいと思っていた所に面接を申し込んで、本当に幸運な事に現在の職場で機会を与えていただきました。

 

脇屋:今や、社会人の経験もあるし専門的な知識も備わった今井さんをどこも放っておくわけはないですよね。ところで、ギャラリーで働きはじめてから一年が経とうとしていますが、どのような業務を行っていますか?

 

今井: SCAIでの最初の仕事となる、昨年6月に行なわれた「BEYOND展」では、プレスリリースやプライスリストの作成をはじめ、先輩に教えていただきながら全体の流れを経験しました。8月のアート台北では、作品の輸送手配やカタログ写真の準備などの一連の業務を補佐し、秋にロンドンの大和日英基金で行なわれた大庭大介さんの個展では、オープニングの立ち会いや輸送した作品の確認や展示作業等の補佐をしました。経験の少ない展示作業は、日々現場で勉強しています。郵便物の仕分けや、掲載誌や作品画像の整理をしたり、オークション結果を調べたり、まだまだ始めたばかりの段階なので、さまざまな業務に取り組んでいます。

 

脇屋:ギャラリーでの仕事は、作家やコレクター、お客様との関わり方が重要だと思いますが、何か気をつけていることはありますか?

 

今井:一年目なのでお客様とはじめてご挨拶をする場面が多いのですが、これからどのような関係を築いていけるかということは課題です。先日、中国から大切なお客様が十数名いらっしゃった時には、お迎えの準備をお手伝いしましたが、営業職の時の仕事やお花見の幹事での経験が役立ちました(笑)。お客様が来た時は、やはり喜んで帰っていただけるようにするのが目標です。

 

一般企業のOLから転身してアート界に入り、さまざまな業務をこなしながら作家や顧客とコミュニケーションを図ってゆく今井さん。ここで、フロアを交えながらの来場者からの質問を受けることに。

 

来場者1:アートのなかでも、現代アートを仕事に選んだ理由を教えてください。

 

今井: 同じ時代を生きる作家さんから、制作の動機等についてお話しできることや、これからの未知なるものに向かう場面に立ち会えることも面白いと思います。それから、岡本太郎さんの展覧会を見て、アートを信じ切れると思ったことも大きいです。感動した経験があるのは重要だと思います。
アートに関心のない人や、これから生まれてくる世代にも、アートに触れる仕組みを作りたいと思っています。

 

来場者2:作品の評価は数億円の巨匠の作品から10万円の若手作家まで様々ですが、なぜこの作品が評価されているのだろうかと思うことはありますか?

 

今井: 例えば今海外のアートマーケットではモノ派が流行っていますが、それをサポートする企業や仕掛けるギャラリーがあったり、あるいはオークションを利用して作品の価値が操作されていたりするのかもしれません。翻弄されずに逆に仕掛けられるくらい、マーケットを理解できるようになるのが一つの目標です。若手アーティストの支援という意味では、巨匠の高額作品が売れれば他に利潤を活用できるということもありますし、ただ今売れる事だけでは無く、歴史にきちんと残していくという事も大事だと思いますので、両方を尊重しながら若い作家を美術史に位置づける支援をしたいと思います。

 

来場者3:仕事について、次のステージを考えていますか?

 

今井:地域や建築にも興味があるので、一過性のイベントとしての町おこしではなく、地元の子どもたちが小さい頃からいつもアートに触れて何かを感じられる環境を作りたいと思っています。

 

ハキハキとお話しされる姿が印象的な今井曜子さん。その時その時に自分に足りないものを常に意識し、手に入れるために今の自分には何ができるのか考え、前向きに進んできた自信がみなぎっていました。「求めよ、さらば与えられん」とは新訳聖書の言葉ですが、自らの可能性を信じながらも貪欲に次を目指して行動してきた今井さんには、さまざまなチャンスやターニングポイントが現われ、それをつかみとる準備が常に出来ていたように思い
ます。自分の関心と才能を客観的に見つめ、フットワークの軽さと向上心を持ち続けることが、狭き門と言われるアート業界の扉の鍵になってくれるのかもしれません。

 

今井曜子(SCAI THE BATHHOUSE)

imai_portrait.jpg 日本IBM営業職を経て、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジにて現代美術史ディプロマ課程、ユニヴァーシティーカレッジロンドン(UCL)にて美術史修士課程修了。2011年4月より、谷中にある、銭湯を改装した展示空間を持つ現代美術のコマーシャルギャラリー、SCAI THE BATHHOUSE勤務。

 

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