2018年05月11日

レポート:はじめての児童福祉  – 創造力が変革するこどもの「場」-

コース:子どもとフクシとアートのラボ
講師:鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)
日時:4月19日(木)19:00-21:00 場所:AITルーム(代官山)

 

 
2018年度、現代アートの学校MADでdear Meの講座「子どもとフクシとアートのラボ」が始まりました。1回目は、AITが実施するdear Meプログラム立ち上げの経緯を中心に、「ソーシャリー・エンゲージド・アート」や「芸術の有用性」、20世紀の芸術家が精神科学の流れと共に、どのように子どもの表現や考えを参照してきたかなど、主にアートの視点から見た「子ども」について紹介しました。

 
今回は4月19日に開催した第2回目についてレポートします。『はじめての児童福祉  – 創造力が変革するこどもの「場」-』と題し、これまで自治体職員として子どもの環境に関する制度や法整備に携わってきた日本大学危機管理学部准教授の鈴木秀洋さんをお招きして、日本における児童福祉の現状について学びました。

 
レクチャーの前、受講生がお互いの興味や関心を共有する自己紹介の時間を設けました。保育士を目指す方や美術関係の団体にお勤めの方、臨床美術を実践されている方、児童福祉施設の職員、医療の現場に携わる方、dear Meの活動に関わっている方など、「子ども」「アート」「社会性」といったキーワードで繋がる活動をしている方々が参加されました。皆さん、既にお持ちの興味や関心をより具体的なものにしたり意見を交換の場を求めているようです。

 
参加者からそれぞれの関心や受講のきっかけをお聞きした後、鈴木さんもご自身の今に至るまでの活動についてお話されました。法律を大学で学んだ後、23区で福祉に関わる仕事をすることを希望し法務担当として勤務。23区の訟務(裁判)を日々担当し、さまざまな福祉をとりまく現状を知っていくうちに、直面する課題を裁判で終わりでなく、システムに反映させて解決していきたいと思い始めます。危機管理課長、男女協働課長、子ども家庭支援センター所長を務め、社会的弱者、ジェンダー、子ども支援に向き合います。そして、得意の法務力だけでなく子どもに向き合う専門性を身に着ける必要を感じ、保育士の資格も取得。自ら相談業務に関わるとともに地域団体との横断的なネットワークを構築してきました。週単位での一時保護所での生活、児童養護施設に宿泊なども行い、同じ目線や環境共有を意識しました。現在は日本大学で教鞭を取るとともに、相談できる居場所づくりとして、全国の市区町村子ども家庭総合支援拠点の設置促進に向けたリサーチ・支援も行っています。

 
とにかく現場
鈴木さんのお話には「現場」という言葉がよくでてきます。困難な状況にある子どもや大人たちと実際に顔を合わせて向き合うことを第一に考えます。そして、その現場で支援・介入を行う時に、児童福祉施設や子ども家庭支援センターなど支援する側の現場スタッフが動きやすい後方支援や、彼女ら彼らスタッフが精神的に疲れ過ぎず、ベストパフォーマンスを発揮しやすいチーム環境作りに尽力されたそうです。目の前にいて困っている人をいち早く助ける方法は何か、そしてそれを実現するためにはどうすれば良いのか、そういった考えが鈴木さんの原動力となっているように感じます。大学に所属することにしたのも、現場に居続けるためでもあったそうです。

 
児童福祉法が変わっていく時代
平成28年は児童福祉法が大きく改正された年です。子どもの権利主体性をどう法律で守っていくのか、リーガル・マインドと呼ばれる法行政の思考や動き方を学び、その中で可能なことや限界についても教えていただきました。また、都道府県の対応を待つのではない、より迅速な対応を行うための市区町村の体制強化の動きも起きています。行政だけでは見届けられない要保護・要支援児童等の状況をさまざまな専門分野の人や地域が関わることによってフォローし合い、切れ目のない支援を行うことを目的とした行政と地域の連携のネットワーク形成の取組みについて学びました。

 
解放していこうよ!
さまざまな人が住みやすい環境を作ることは、多様性を尊重することでもあり、気持ちを解放する行為でもあります。家庭における役割分担で起こりがちなジェンダーの問題、相談したくてもする相手がいない・わからない子育ての苦しみなど、気持ちを解放できる場所やそういった思考との出会いが救いになることが多くあります。「いい子でいたい」「母親はこうあるべき」といった何気ない気持ちの縛りが我慢を強いる社会を形成し、辛さを生んでいます。親が寛容さを経験していないと、子どもにも寛容でいられない。そういった連鎖を解きほぐす、さまざまな試みが社会の中で生まれると親も子どもも気持ちがもっと楽になり、児童虐待の問題の解決を促進することができるかもしれません。また、多様性、寛容性という言葉とアートは親和性があり、気持ちや思考の解きほぐしをする一つの選択肢として考えられそうです。

 
評価軸のつくり方
参加者との意見交換の中で、アートにおける評価軸を作る難しさが話題になりました。どうしても公的機関だと入場者数に頼った活動評価になってしまい、新しい試みをする難しさがあります。このような問いに対して鈴木さんは、アートに携わる人々が自分たちの評価軸そのものをきちんと提示することを提案されました。また、証拠としてエピソードやアンケートを収集することの大切さと海外の事例を利用した評価軸の形成も考えられそうです。社会に対してアートと福祉をつなげるべきと発信する、そういったアートの専門家からの動きも必要かもしれません。

 
感想
私たちの日常と関連付けて説明してくださったことで、難しい印象のある法律の世界がより身近に感じられました。法律は言語で枠組みをつくりますが、だからこそ、言語で語りつくせないところも意識されています。さまざまな活動をしている参加者との意見交換からも、分野を超えた横断的なネットワーク形成と実践の可能性を感じました。それは鈴木さんが児童福祉の現場と行政との意識の乖離に対して仰っていた「僕らには違う景色が見えている」という言葉にも現れている気がします。子どもを取り巻く複雑な状況を、立体的な「景色」という言葉で捉えることで、近づくと見えるもの、遠くから見えるもの、角度によって隠れてしまうものがあることを想像させてくれます。だからこそまわりにいる大人たちのさまざまな視点の共有が不可欠だという鈴木さんの意見は、アートが持つ包括性にも通じるでしょう。アートの視覚的で抽象的な面に対する期待も伺えて、共通項を形にする何かしらの協働を実現してみたい、そう思えた時間でした。

 
国内の動向から海外の事情へ
次回の「子どもとフクシとアートのラボ」はヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗さんによる「国内外の事例から眺める、子どもたちの環境と法の整備」です。国際的に活動している人権団体だからこそ知る海外の事例紹介が楽しみです。
一回からでも受講できますのでご興味のある方は是非ご参加ください。

 
プロジェクト「dear Me」チーム

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