コース:フィールド・トリップ
ナビゲーター:室井俊二(板室温泉大黒屋第16代目当主)、AITスタッフ
日時:6月29日(土)9:00-19:00
訪問先:板室温泉大黒屋(「北の館 しえんギャラリー」、菅木志雄「倉庫美術館」ほか)、奈良美智「N’s YARD」
6月29日のフィールド・トリップでは、バスをチャーターして栃木県那須塩原市へ行ってきました。
まず初めに訪問したのは、自然と現代アートに包まれた、保養とアートの宿「板室温泉大黒屋」です。
大黒屋外観
到着してバスを降りると、目前に山や木々の緑色が鮮やかに迫り、川の音が心地よく聞こえてきました。雨が降っていましたが、旅館の佇まいと庭や自然が調和し、葉を伝う水滴さえもすべてが美しく感じられます。
まず館内を見学させていただきました。サロンでは、徳島で楮を原料とした和紙を作られている中村功さんの展示が開催中でした。
http://itamuro-daikokuya.blogspot.com/2019/06/6.html
アート作品を展示している館内のサロン
中村功さんの展示風景
「北の館 しえんギャラリー」
次に、旅館から徒歩5分の場所にある大黒屋が支援する若手アーティストの企画展示スペースを見学しました。
当日はグループ展形式で3名(今井貴広、木城圭美、對木裕里)のアーティストの作品を見ることができました。
次に、旅館オーナーの室井俊二さんによる倉庫美術館ツアーに参加しました。
室井さん率いる旅館・大黒屋は、長年、「もの派」を代表するアーティスト・菅木志雄氏(1944年〜)の活動を支援してきました。そのつながりは、1991年に遡り、菅さんがこの旅館の庭園「天の点景」を依頼・制作して以降、現在までに「天の点景」「間の相景」「空聞見石庭」「風の耕路」「集空庭」の5つの庭園が完成しました。現在も大黒屋の館内外には菅作品がいたるところに展示されています。
菅木志雄氏が手がけた庭「風の耕路」
菅木志雄が手がけた庭「集空庭」で作品解説する室井さん
室井さんは、経営者の立場から菅さんに、アーティストとして成功を収めるために必要なことは以下の3点ではないかと話したそうです。
1、制作した作品が世界中の美術館に所蔵されること
2、良い評論家をつけて作品を批評してもらうこと
3、金銭的支援を得ること
この中で3つ目の部分は私に任せてほしいと長年菅作品を購入し、また旅館での個展開催の機会を提供してきました。室井さんは自身をアーティストのパトロンというより、菅木志雄の哲学感に共鳴して自分なりに作家活動を応援してきたとのことで、これまでの二人の歴史を、生き生きと語ってくださいました。
アートを愛でる人はアートが感じられる場を目指して訪れ、逆にアートは不可解だと拒否反応を示す人は足が遠のいてしまうーー 室井さんはこれを「空間がお客様を呼ぶ」と表現し、『板室温泉大黒屋 文化圏構想』という経営戦略としてまとめています。現在では、旅館の佇まいそのものが旅の目的となったことで、「アートが作り出す空気が上質なお客様を呼んできてくれる」と言います。
次に、菅木志雄作品の常時展示を行っている「倉庫美術館」に移動しました。
倉庫美術館内
壁一面に菅木志雄作品が並ぶ夢のような空間です。
倉庫美術館では、一部コレクションを除いて、ほとんどの作品を購入することができます。購入の際には、大黒屋がギャラリー同様に仲介の役割を担っているそうです。長年培ってきた菅さんとの信頼関係から、このような国内ではあまり類を見ない活動を展開されています。
「倉庫美術館」内
昼食休憩をとった後、大黒屋から車で15分ほどの場所にある、奈良美智氏の作品など展示される個人ギャラリー「N’s YARD」へ移動しました。
静かな木々の中を抜けると建物が姿をあらわします。
雨の水滴が草木や蜘蛛の巣を覆い、キラキラと光る様子がとてもきれいでした。
「N’s YARD」入り口
「アート・パートナーズ」のゲスト講師でもあり、設計に携わった、建築家の石田建太朗氏(イシダアーキテクツスタジオ)によれば、同館は森の中に立つ建築として、デュッセルドルフ近郊のインゼル・ホンブロイッヒ美術館やコペンハーゲンのルイジアナ美術館のように、時間の流れを忘れるような自然と美術空間の関係を構築できる空間作りを目指したそうです。全部で5つある展示室は、それぞれ外の風景や光環境を感じられる空間構成を大切にしており、また、外壁の割れ肌の芦野石、床の研ぎ出しコンクリートの小石、5つの目の展示室の大谷石などの仕上げは地元で採れる自然素材が使われています。
ここでの展示が興味深いのは、最新作を含めた奈良さんの様々なアート作品が見られることはもとより、作家自身が影響を受けたものや好きなもの、またコレクションしている別の作家の平面作品などが同じ空間の中で鑑賞できる点です。展示室では、奈良作品のほか、レイモンド・ペティボーン、杉戸洋、ジャン・デュビュッフェ、ダイアン・アーバス、福井篤、米田知子らの作品を観ることができました。残念ながら館内は全て撮影禁止だったため写真でお伝えできませんが、全体を通して、作家自身の「平和」へのつよい想いが感じられる展示内容でした。
奈良美智《Miss Forest/ Thinker》、2016
大黒屋ではお話上手なオーナー・室井さんより、アートと経営に関するお考えや大小様々な菅作品について解説いただき、また「N’s YARD」では、奈良作品に囲まれながら贅沢なひと時を過ごすことができ、とても思い出深い1日となりました。どちらも自然と建物が美しく調和している印象があり、都会の喧騒から離れた独特な時間の流れを体験することができました。
小山 望実
【参考】
当日配布されたプリント類(「N’s YARD」設計に関して)
大黒屋ウェブサイト: http://www.itamuro-daikokuya.com
大黒屋で配布された情報誌:『ART CITY JOURNAL 2019 Vol.1
NASUSHIOBARA ART 369 PROJECT』及び、プリント類