コース:マガジン・リダックス
講師:ロジャー・マクドナルド(MADプログラム・ディレクター / AIT副ディレクター)、塩見有子(AITディレクター)
日時:6月21日(木)19:00-21:00 場所:代官山AITルーム
今回はロジャーさんと塩見さんによる社会とアートについてのレクチャーです。
現代までにアートは社会とどう関わろうとしていて、そこにどんな変遷があったか、さらに日本ではあまり議論されていない現在のトレンドについても語りました。
アートがアートである絶対的な自律性を担保できなくなってしまった時代、ダダイスムやシュルレアリスム、未来派といったムーブメントは社会との意識的な関わりをもって芸術を更新しました。また1880年代に起こったアーツ・アンド・クラフツ運動もまた、工芸的な文脈からアートと社会との関わりを探っていきました。
さて、上記の遺伝子を引き継いだ上で、現代アートはどういった形で社会との関係性があるのでしょうか。
1989年のベルリンの壁の崩壊と共に冷戦が終結していく流れで、新自由主義に基づくグローバル化が波及していきます。
そうした時代の流れの中で、今まで美術史上、無視されてきた南米、アジア、アフリカ大陸の芸術が注目されていきます。特に2000年代以降、西欧中心主義的な権力構造に対する問いかけを試みる展覧会が多く行われており、ヴェネチアビエンナーレやドクメンタなどの国際的な展覧会を見るとその傾向は顕著です。
一つの例として、キューバ出身のアーティストタニア・ブルゲラは、それまであまり知られていなかったキューバという社会主義共和制国家の状況を基盤にして作品を作ります。ブルゲラは「アルテ・ウティル(Arte Útill / Useful Art)」という概念を提唱し、社会との関わりを考えます。アルテ・ウティルとは、「有用性の芸術」と訳す事ができ、また、ソーシャリー・エンゲイジド・アートの流れを汲んでいるものの一つと捉えられます。下記のように8つほどの定義を示しているのですが、詳細はアルテ・ウティルのホームページから確認することができます。
The criteria of Arte Util state that initiatives should:
1- Propose new uses for art within society
2- Challenge the field within which it operates (civic, legislative, pedagogical, scientific, economic, etc), responding to current urgencies
4- Be implemented and function in real situations
5- Replace authors with initiators and spectators with users
6- Have practical, beneficial outcomes for its users
7- Pursue sustainability whilst adapting to changing conditions
8- Re-establish aesthetics as a system of transformation
社会とアートの関係性を考えるもうひとつの例として、「関係性の美学(Relational Aesthetics)’」が挙げられます。1998年に、フランス人キュレーターのニコラ・ブリオーにより提唱されたこの考え方は国内でもよく援用されています。
現在では、イギリス出身の美術史家クレア・ビショップによる『敵対と関係性の美学(’Antagonism and Relational Aesthetics’)』や『人工地獄(Artificial Hells: Participatory Art and the Politics of Spectatorship』などにより、この概念は、ある程度相対化がなされているようにも思えます。
日本では東日本大震災をきっかけに、アートと社会との関わりを考える優れた作品が多くみられるようになりました。竹内公太は、福島第一原子力発電所の事故収束のための作業員として働きながら監視カメラに指差しを続けるパフォーマンスを行い、荒川医は2014年のフリーズアートフェア・ロンドンで福島で作られた野菜を使ったスープを振る舞いました。その他にも田中功起、畠山直哉、荒木経惟、Chim↑Pomといったアーティストも様々な試みを行い、今もこの問題に関心を持ってプロジェクトを続けています。
2011.08.28 10:00-11:00 / ふくいちライブカメラ (Live Fukushima Nuclear Plant Cam)
https://youtu.be/C4Xfo23IBaM
次に、日本ではあまり議論されていない環境問題の意識の高まりについて、話が移りました。
例えば、二酸化炭素排出量の増加による地球温暖化(気候変動)が激しいスピードで起こっており、目算はひどく悲観的であり、この先10年くらいでもう人が住めなくなる可能性がある、と主張している学者や研究者が目立つようになりました。こうした環境問題の危機的状況を訴えるデモが美術館で行われたり、また世界最大のアートフェア「アート・バーゼル」では、二酸化炭素の排出量についてのディスカッションが行われたり、一部のエコロジストだけの議論にはとどまらなくなってきています。
50年後100年後の未来はどうなっているでしょうか、その状況を想像し、また自分たちの自衛のためにどういうスキルや知恵を持つべきなのか。そういったことを考える時に、もしかしたら「アルテ・ウティル / アートの有用性」の実践が、ひとつのヒントになるのかもしれないとロジャーさんは語ります。
私は、美術大学の院生ですが、環境問題とアートについての議論は学生間ではまだなく、またそういった危機的な状況になっているとも知りませんでした。最新のニュースは、日本語訳が少ないため、まめに海外のポータルサイトや書籍にもアクセスする必要性を実感するようなレクチャーでした。
久保田智広(アーティスト)
https://tomohirokubota.myportfolio.com/a