2019年6月6日(木)「アルテ・ウティル – アートの有用性とその可能性、工芸、生き方とコミュニティ」

コース:アートの有用性
講師:ロジャー・マクドナルド(MADプログラム・ディレクター / AIT副ディレクター)
日時:6月6日(木)19:00-21:00 場所:代官山AITルーム

 
有用性の観点から美術を考える全6回の講座「アートの有用性」の第5回。工芸やサイケデリック・アート、講座のタイトルにもなっているアルテ・ウティルなどの事例を参照しながら、ファインアートとは異なる潮流が語られました。
 

 
アーツ・アンド・クラフツ運動とその影響
まず取り上げられたのは、工芸、そして人の生活、ひいては共同体や社会を視野に入れた様様な運動についてのお話でした。その最初の例として、産業革命における機械化によって失われる手作業の再生を目指し、ウィリアム・モリス(William Morris)とジョン・ラスキン(John Ruskin)が19世紀に起こしたアーツ・アンド・クラフツ運動が紹介されました。その背景には、マルクスの労働論の影響もあったと言われます。ラスキンの関心は工芸や美術から社会全体へと移り、農業や美術館の設立も巻き込む社会プロジェクトへと発展しました。

 
興味深いのは、これらの概念が、ほぼリアルタイムで日本にも輸入されたという点です。ロジャーさんのお話によれば1920年代後半には、100以上の論文が和訳されていたというから驚きです。現在、英語やそのほかの言語で発表される膨大な量の美術関連のテキストのうち、どれだけ和訳されているかを考えるだけでも、この運動に対する日本人の関心の強さが想像できます
生活と芸術の結びつきの実践は、ロシア革命の影響を受けて広がり、ユートピア的な理想の生活の実践を試みたスイスのモンテ・ヴェリタ(Monte Verità)と呼ばれるアーティスト・コミューンなどの誕生へと繋がっていきます。

 
サイケデリック・アート
20世紀半ば、自分らしい生き方を模索する若者によるヒッピー・ムーブメントやカウンターカルチャーが展開しました。その動きのひとつとして光の使用を特長とし、ロバート・E.L.マスターズ(Robert E. L. Masters )と、ジーン・ヒューストン(Jean Houston)が命名したというサイケデリック・アートが登場します。この非王道といわれる芸術分野は、普段美術館に足を運ばない層にも受け、アルバムのジャケットや、コンサートのポスターなどにも流通したという点で、美術が生活へと拡張した成功例として考えられます。
 

 
アルテ・ウティル
次に紹介されたのは有用性の芸術を意味するアルテ・ウティル(Arte Útil)です。2010年代にキューバのタニア・ブルゲ ラ(Tania Bruguera)が、国内外の既存の美術館との共同ではじめたプロジェクトで、都市開発や政治経済を含む社会全体を視野に入れ、人々が対等な関係を保ちながら変化を起こすことに主眼を置いています。その例が、2008年に行ったパフォーマンスで、テート・モダンのロビーに英国の騎馬警官をうろつかせ、鑑賞者に対して形だけの統制を行い、権力と市民の関係を美術館で再現しました。彼女のプロジェクトを大きくまとめれば、問題提起の域を踏み出した社会的実践としての芸術といってもいいかもしれません。

 
個の幸福
アルテ・ウティルの活動に含まれないテーマとして「個の幸福」(ロジャーさんは「幸福」を言い表す際、一時の喜びを指す「happiness」ではなくもっと持続性のある「well-being」を使っていました)を取り上げました。その例として、教会や病院で祈りや痛みの緩和の目的で美術が用いられた時代にはじまり、ダンスや身体の動きをヒーリングと結びつけたアナ・ハルプリン(Anna Halprin)や、近代医学に見放された患者や人々への医療行為としての絵画制作に従事したエマ・クンツ(Emma Kunz)らが紹介されました。また、近い将来起こりうる地球規模の危機的事例として、近年世界で話題になっている気候変動がもたらす問題の緊急性についても話が広がり、そうしたカタストロフにおいて美術の役割やアプローチはどのように変化しうるか問いかけました。
最後に、個の幸福と芸術の関係は、芸術の有用性の未来像につながることを示唆し、2時間強のレクチャーは幕を閉じました。
 


 
今回のレクチャーのタイトルはアルテ・ウティルでしたが、この言葉はブルゲラによるプロジェクトのみを指すのではなく、字義通りの「有用性の美術」を語るキーワードとして用いられていました。最終的には私たちがアートを通じて向き合うのは、もはやひとつの社会ではなく、地球規模の危機であるのかもしれないという可能性が示唆されましたが、それはまた、アートの有用性、ひいてはアートの存在そのものが根本から問われる状況が目前に来ているということも意味するのかもしれません。

 
秋山真樹子

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