Vol.7「社会的に困難な現状にひそむ様々な問題意識や議論を喚起させたい」

 

櫛野展正さん(鞆の津ミュージアムキュレーター)
2012年度MADキュレーション修了

 

聞き手:脇屋 佐起子
2010年度MADキュラトリアルスタディーズ修了

 


広島県福山市にある、穏やかで風光明媚な港町、鞆の浦。この静かな港町にただひとつの、現代美術を扱うミュージアムの存在を知ったのは、あの和歌山毒物カレー事件の林眞須美死刑囚をはじめとする、死刑囚たちの表現を集めた展覧会『極限芸術~死刑囚の表現~』だった。一般的な美術館では、なかなか扱いづらいと思われる、障がいを持つ人や、学術的な背景を持たない研究者やヤンキーなど、いわゆる現代美術の枠を飛び越えた人々の作品を、次々に発表し続けるキュレーター、櫛野展正。普段はクールな表情を浮かべているが、自らが発掘した地元のキワ者たちについて語る時には、一変して生き生きとした表情で雄弁に語る姿が印象的だった。自分が見つけた面白いものを紹介することで問題提起したいという、初期的衝動の強さを失わないキュレーターは、どのように生まれ、今どんなことを考えているのか。そんな興味を抱き、メールインタビューを行った。

 

現在は、鞆の津(とものつ)ミュージアムでのキュレーターのかたわら、福祉施設で勤務もされているそうですが、福祉のお仕事に就くまでの経緯を教えて下さい。

 

鞆の津ミュージアム外観

櫛野:元々は、障がいのある子どもたちが通う特別支援学校の教員を目指して、岡山大学教育学部特別支援学校教員養成課程に入学しましたが、当時は障がいのある人に興味はありませんでした。大学一年の終わり頃、成人のための障がい者福祉施設にボランティアに行くことになりました。重い障がいのある、黒いヘッドギアを被った男性とペアを組んでレクリエーションをすることになったのですが、話しかけても全く反応がないし、どう対応したら良いか全くわからず、一日が過ぎていきました。二日目には、ペットボトルをつかった楽器づくりを一緒に行いました。結局、ほとんど僕がつくってしまったその楽器を、彼が目一杯振るのを見るうちに、いつの間にかお互い笑顔になっていて、何だか妙に嬉しくなりました。 最終日には、手をつないで施設の沿道を散歩することが出来るまでに。彼と一緒に歩いていると、今まで気にも留めていなかった小川のせせらぎや草花の匂いなど、いろいろな景色を感じることが出来ました。「今日でやっと帰れる」という思いではなく「まだまだ一緒に過ごしたい」、そんな思いがあふれて涙が頬を伝いました。これが僕にとっての、障がいのある人との出会いの転機となり、大学卒業後は福山六方学園という地元の福祉施設へ就職しました。

 

福祉施設でのお仕事と、美術との関係性はどのように生まれたのでしょうか?

 

櫛野:就職して最初の配属先である入所施設で目にしたのは、障がいのあるメンバーが、植木鉢の下に敷く木の板を紙やすりで磨くという、単調な作業風景でした。初めてその光景を目にした時、メンバーがあまり楽しそうでなかったこと、僕自身もやりたくなかったこともあり、上司に「やめましょう」と提案し、作業に必要な機械をすべて処分させてもらいました。今思えば、とても生意気な新人だったと思います。その作業の代わりに、僕が好きだった絵画をはじめとしたアート活動を、施設で本格的にさせてもらうことになりました。障がいのある人たちは、食事サービスや入浴サービスなど、施設で様々なサービスを受けて生活していますが、彼らは一方的にサービスを受けるためだけに生まれてきたわけではありません。障がいのある方の存在意義や「自分がここにいていいんだ」と確かめられる機会、そのための場所づくりが必要だと考えました。そのための道具のひとつとして、アートや音楽があります。彼らのレベルにあった単調な作業ではなく、彼ら自身が主体的にできる活動はないだろうかと考え、作業の代わりにアート活動を本格的に実践していくことを決意しました。

 

MAD受講のきっかけを教えてください。

 

櫛野:日本財団のアール・ブリュット支援事業の一環で、ボーダレス・アートミュージアムNO-MA(滋賀県近江八幡市)、藁工ミュージアム(高知県高知市)に続き、2012年5月、広島県福山市鞆の浦にアール・ブリュット美術館「鞆の津ミュージアム」がオープンしました。同年10月には、みずのき美術館(京都府亀岡市)が開館、今年6月には、はじまりの美術館(福島県猪苗代町)が開館予定です。この一連の支援事業のなかで、建物整備というハード面の支援だけでなく、キュレーター育成というソフト面の支援として、2012年4月から12月まで各館のキュレーターがMADを受講させてもらいました。

 
受講されてみて、美術との関わり方に変化はありましたか?
 

『山下陽光のアトム書房調査と
ミョウガの空き箱がiPhone
ケースになる展覧会』山下陽光

櫛野:福祉施設で生活支援員として働きながら、自身でもゼロからアートを学び、現在は美術館でキュレーターを務めている、というかなり異色の経歴なので、MADを受講するまで現代美術への知識は、ほとんど皆無でした。学芸員資格さえ持っていません。そのため、MADでの授業は全てが新鮮でしたし、美術の理論や知識を得ることで、今まで以上に美術を身近に感じることが出来るようになりました。

 

MADで得たもので、現在も役立っていることはありますか?

 

櫛野:先述の支援対象のアール・ブリュット美術館のキュレーターたちのために開かれた、特別クラス「ART BRUT & MAD」では、プレスリリースの書き方や広報手段、基本的な展覧会をつくるためのHOW TOを教わりました。少人数向けの講義だったので、作家への謝礼の金額など突っ込んだ内容についても質問することが出来ました。その講義のなかで展覧会の企画書を何枚か作成し、『極限芸術~死刑囚の表現~』、『山下陽光のアトム書房調査とミョウガの空き箱がiPhoneケースになる展覧会』など、実現した展覧会も多くありました。

 

死刑囚やヤンキーなど、なかなか美術界で取り上げにくいと思われる分野の作品を積極的に紹介されている印象がありますが、展示を行う基準はどこにあるのでしょうか?

『極限芸術~死刑囚の表現~』
林眞須美《国家と殺人》

櫛野:社会的少数者である「マイノリティ」の方々の表現を扱っています。しかし、実はわたしたちが目を背けているだけで、彼らは圧倒的に「マジョリティ」な存在です。そうした、世の中から無視されがちで、一見無価値と思われてしまうような表現を展示することが、多様な価値観の共存につながると考えています。そもそも、鞆の津ミュージアムの母体になっているのは、知的障がい者のための福祉事業を展開する社会福祉法人です。「社会福祉」とは、「生活困窮者、身寄りのない老人・児童、身体障がい者など、社会的弱者に対する公私の保護及び援助である」とされており、彼らが活躍する場を提供すること、また展示を通して、社会的に困難な現状にひそむ様々な問題意識や、それに関する議論を喚起させることは、当館の使命とも言えます。

 


 
新しい作家の発掘はどのようにされているのでしょうか?

 

『ヤンキー人類学』みやび小倉本店

『ヤンキー人類学』ちっご共
道組合《CRAZY SPECIAL》

櫛野:あらゆるアンテナを張り巡らせ、体当たり芸人のように自分の足で近隣の地域をリサーチしています。たとえば、貝と珊瑚を20万点以上も夫婦でコレクションしている「貝と珊瑚の館」は、自宅のすぐ傍にあります。これまで見向きもしなかったものが、目を凝らしていくうちに見えてくるようになりました。このようにして沢山の表現者を発掘しており、当舘のグランドオープン企画にも出品頂いた都築響一さんからは「水が悪いんじゃないか」とお褒めの言葉を頂いています(笑)。最近では、ストリートで見かける怪しい表現活動が、一部では「鞆の津送り」と呼ばれるようになり、いろいろな情報が舞い込んでくることもあります。『ヤンキー人類学』の次に開催する日本の超老たちを集めた大展覧会『花咲くジイさん ~我が道を行く超経験者たち~」(2014年8月16日(土)-11 月16 日(日))に出品して頂くため、ダダカン(糸井貫二: 1920年生まれ。1970年の大阪万博では、全裸で太陽の塔に突進するなど、過激なパフォーマンスで知られる前衛芸術家)さんを訪問しました。その後もメールアート(雑誌などをペニス型に切り抜き、手紙と共に郵送するもの)などを通じて、交流を続けさせて頂いています。

 

穏やかな港町にあるミュージアムで、時に過激とも思われる内容の展覧会もされていますが、地元の方の反応はどのようなものですか?

 

櫛野:当舘の裏手にある認定こども園で行われたオープニングイベントでは、園に通う5歳児17名に司会進行役をお願いし、とても楽しい会になりました。靴を脱いであがるミュージアムに親近感を感じてくれるのか、今でも地元のこどもたちが頻繁に遊びに来てくれています。作品を見るだけでなく、休憩室で宿題をして帰る子や、淀川テクニックの作品であるブランコで遊ぶ子もいたりして、おばあちゃんの家に遊びに来たような感覚なのでしょう。また、これまでに「おかんアート」として地元の中高年の方の手工芸品を展示したことや、地元のオジサン(田頭一則:スター似顔絵師。旋盤加工の仕事のかたわら、町の人に楽しんでもらいたいと、2012年秋からスターの似顔絵を描き始める。)の作品を取りあげたことも一因なのか、中高年の来館者も多く、広く地元の人たちから親しまれています。そのため、『極限芸術~死刑囚の表現~』などの展覧会でもスーパー、喫茶店、食堂、船着き場、資料館などでも、好意的にチラシやポスターを掲示してくれています。この展示には全国から来館者が訪れて、ちょっとした町おこしになりました。

 

『ようこそ鞆へ!遊ぼうよパラダイス』田頭一則  鞆の津ミュージアムグランドオープン記念式典(司会のこどもたち)

 

いま注目されているテーマや分野、また気になっている作家はいますか?

 

櫛野:今日、「ART BRUT」と呼ばれる障がいのある人たちが創作した作品に対して、「衝動のおもむくままに」「純粋無垢」「魂の鼓動」など、画一的で詩的な語り口がしばしば見られます。しかし、コミュニケーションが思うように取れない障がいのある人たちにとって、当人の意思が充分に読み取られないままに解釈された、そのような語りかたは、真実だと言えるのでしょうか?そこにテーマがあるように思います。また、南アフリカ共和国のマンデラ元大統領の追悼式で、オバマ米大統領をはじめとする各国要人に並んで、追悼スピーチの手話通訳を行ったタムサンカ・ジャンティ氏の手話通訳がでたらめであったように、日常の中に潜む虚構性について興味を持っています。

 

櫛野展正 (くしの のぶまさ)

櫛野 2012年5月、広島県福山市鞆の浦に築150年の蔵を改修した美術館、「鞆の津ミュージアム」をオープン。死刑囚の描いた絵画や社会の周縁で表現を続けている人たちに焦点を当て、挑戦的な企画を打ち出し続けている。企画した展覧会に「ヤンキー人類学」(2014)、「ようこそ鞆へ!遊ぼうよパラダイス」(2013)、「極限芸術 ~死刑囚の表現~」(2013) 、「LOVE LOVE SHOW」(2012)「リサイクルリサイタル-幸せ時間の共有-」(2012)などがある。

 

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