Vol.3「日本のアートは世界でもっと評価されるべき」/ 2013年1月
藤高晃右さん(Tokyo Art Beat, NY Art Beat共同設立者)2004・2006年度MADクリティカルリーダーズ修了、2004年度MADキュレーション修了

街なかでぽっかりと時間があき、何か近くで見られる展示ないかなと思う時、手のひらに携帯電話があれば、とても優秀なコンシェルジュ役を果たしてくれる「Tokyo Art Beat(以降TAB)」は、今日の東京でアートを鑑賞する上で欠かせないツールになっている。日本のアートを世界に発信したいという思いと、日本語に偏りがちな東京のアート情報に不便を感じる外国人との出会いから生まれたTABを軌道に乗せた後、藤高はアートの中心地NYに拠点を移し、現在も運営を続ける「NY Art Beat(以降NYAB)」を立ち上げることになる。TAB立ち上げの経緯や現在のNYアート事情、今後の展望などについて、メール形式でインタビューを行った。

 

脇屋:MAD受講のきっかけを教えてください

 

藤高:携帯電話のメーカーに勤めていた当時、アート分野へキャリアチェンジを考えていて、いろいろな方に相談していたところアラタニウラノにいた荒谷さんからMADを薦めて頂きました。

 

脇屋:MADで得たものはどんなものでしたか?

 

藤高:同年代の似たような関心を持つ友達に出会えたことは大きいですね。当時の同級生が現在はギャラリーで働いていたり、アートプロデューサーになったり、アートの広報をやっていたりと、今思えばMADで一緒だったのだと感慨深いです。
友達を通じて新しい作家を知ったり、また新しい友達ができることも多かったですし、それぞれが違うバックグラウンドで違う形でアートに関わっているので、知らないことを教わったり、自分ではできないことをお願いすることもありました。初期にTABを一緒に立ち上げたメンバーの多くはMADを通じて知り合った友達でしたし、何人かは今でも強力なサポーターとして手伝ってくれています。また、逆に友達が関わったアートイベントの広報の手伝いをしたりしました。

 


シェアオフィス「colab」にあったTABの最初のオフィス

 

脇屋:受講されてみて、美術との関わり方に変化はありましたか?

 

藤高:それまで、もやもやとしていたアート業界の成り立ちをしっかり認識できたことと、アート業界のそれぞれのプレーヤーの顔が見えたことで、逆にそこに足りないもの、自分ができそうなことが具体的になり、それが後にTABを立ち上げるひとつのきっかけにもなりました。
友人と展覧会を企画、実施する経験を通して、展覧会にまつわる行為(企画、場所の手配、お金の管理、広報などなど)を実感する機会を得ることも出来ましたし、日本だけでなく、海外の動向も積極的に紹介して頂いたことで、アート業界の世界的な広がりについても関心をもつことができました。

 

脇屋:受講後、TABを立ち上げるまでの経緯を教えてください

 

藤高:まだ受講中だったと思いますが、アート業界で仕事がしたいと思っていた時に、仕事を通じて知り合った方が、後にTABを一緒に立ち上げるデザイナーのポール・バロンとプログラマーのオリビエ・テローを紹介してくださったのです。
東京に住む外国人として、英語によるアート情報に飢えていた2人と、留学経験者として日本のアートをどう世界に発信していけるのかということを考えていた自分の思惑がピッタリ合って、バイリンガルのアート情報サイトをやろうということになりました。MADを通じてアート業界に知り合いもできつつあり、サイトを立ち上げ、運営していくにあたって大きな助けになりました。

 

脇屋:次なる活動の拠点としてNYを選ばれたきっかけを教えて下さい

 

藤高:自分がアート業界そのものに興味を持つきっかけになったのは、学生時代にマーケティング(と英語)を勉強するためにNYに留学していた際に、当時盛り上がり始めていたチェルシーのギャラリー街のオープニングに毎週のように通っていたことがあります。バイトできない貧乏外国人学生にとって、アートが無料で見られて、お酒まで出て、色んな人に出会うことができた毎週木、金のオープニングはとてもエキサイティングなものでした。
ふと、東京とNYってどちらも大都市でサイズも同じくらい、どちらかというと東京のほうが大きいくらいなのに、このアートギャラリーの盛り上がりの違いはどこから来るんだろうかと思ったんです。逆にほんの少しのことで、東京のアートシーンの盛り上がりを拡大することができるんじゃないかと思い始めました。それが、MADに行ったり、TABをはじめたりする一つのモチベーションだったんです。
TABを仲間とはじめて5年ほどが経ち、サイトの運営がなんとかまわりはじめたこともあり、世界のアートの首都とも呼べ、また自分がアートに興味をもちはじめた都市でもあるNYを次なる成長の場所に選ぼうと考えました。留学中に知り合った妻と結婚することになり、東京とニューヨークのどちらに住もうかという話をしていたこともあって、NYに拠点を移しました。

 


左:Tom Wesselmann展覧会オープニングパーティー(Haunch of Venison Galleryにて) / 右:知人とシェアしていたNYAB立ち上げ当初のオフィス

 

脇屋:NYに拠点を移されてみて、違いを感じる点はどのようなところですか?

 

藤高:一番はやはりサイズです。コマーシャルギャラリーは東京の10倍くらい数があって、ざっと10倍くらい高い値段でアートが売り買いされていたりと、マーケットをざっくり見るだけでも2桁くらいのサイズ感の違いがあります。アートが売れるからアーティストはフルタイムで制作することができ、それほど有名でないアーティストでも月に1000ドル、2000ドルの家賃のスタジオを持っている人がたくさんいます。

世界中から人々が集まってくるのでもちろん競争は厳しいですが、アート業界の裾野が広いので、アートに関わる雇用が幅広く有り、ギャラリスト、キュレーター、オークションのスペシャリスト、ジャーナリスト、広報から、写真家、建築家、アートインストーラー(作品の設営)、アートムーバー(作品の運送)までプロフェッショナルの層が厚いです。

 

左:NYAB一周年記念1晩限りの展覧会の展示風景 / 右:NYAB主催による東日本大震災復興のための募金箱活動「Love Art & Help Japan

 

また、良くも悪くも美術館とギャラリーの結びつきが強いように思います。作家はギャラリーを通して作品が売れるので、美術館からのフィーは殆ど無くとも、美術館での展示の新作でもそれを見越して、思い切った新作を作れます。展覧会によっては、美術館が制作費を出している作品もあるかもしれませんが、作家が所有している過去作品を展示する場合が大半でしょう。その場合、美術館としては制作費をあまりかけず、限りある予算でチャレンジングな展示ができます。新作であれば、美術館で展示している作品でもギャラリーを通して売買できます。これは日本でも行われているはずですが、規模はずっと小さいかもしれません。もちろん、美術館で行われる過去作品の回顧展であっても、その展示にあわせて同作家の新作をギャラリーで見せることで、コレクターにとっては新作の背景にある文脈を美術館で見ることができるし、そもそも美術館での展覧会ということでその作家に信頼が生まれ、ずっと買いやすくなるでしょう。

そういうアート業界の営利、非営利のプレーヤーがそれぞれ自分の限られた資源を最大限に活用するためにお互いをうまく利用していると思います。これは買い手が豊富にいて、美術館で展覧会ができる作家であれば、新作を売るのに大きな苦労をしないという状況だからこそ成り立つ仕組みとも言えます。美術館、ギャラリー、アートメディアなどそれぞれ巨大だけれども、アートシーンが一体で動いていると言えると思います。

 

脇屋:NYで現在注目している作家や展示、プロジェクトなどがあれば教えて下さい。

 

藤高:美術館からギャラリーまで多くのアートスペースがNYにはありますが、そのなかでもユニークなのが街の中心にあるPark Avenue Armoryというスペースです。もともと武器庫として使われていた巨大な体育館のような場所で、年に数回巨大なインスタレーションの個展が開かれます。建物の中でありながら、建築的なスケールでアート展示が行われ、本当にいつも刺激的です。また、個人的にはインターネットを発想のキーにした(インターネット上での作品である必要はないですが)新しいビジュアル表現や、新しい材料の使い方をしている作品。都市やストリートを出発点にして彫刻やインスタレーションで表現するような作品や、都市や社会に介入していくような作品等に興味を持っています。

 


左:Ann Hamilton展(Park Avenue Armoryにて) / 右:NYのコロンバスサークルで行われた、西野達のパブリックアート展の様子(藤高氏は通訳として参加)

 

脇屋:今後の活動予定を教えて下さい。

 

藤高:TABとNYABは自分のライフワークとして続けていきたいですが、これからはメディアの運営よりももっとアートの現場に近いところで、自分のバックグラウンドであるビジネスを意識しながら、日本とNYのアートシーンをつなぐような仕事ができればと思っています。日本のアートをNYで見せる、逆にNYのアートを日本で見せるような形でアーティスト、ギャラリーなどのお手伝いをもっとしていきたいと思っています。日本のアートは世界でもっと評価されるべきだというのが自分の活動のモチベーションの底辺にあり、今までやってきたメディアでの経験、人脈を活かしてもっとアートのダイレクトな活動にシフトしていければと思っています。

 

 

藤高 晃右(ふじたか こうすけ)

imai_portrait.jpg Tokyo Art Beat, NY Art Beat共同設立者。現在、NY在住。1978年大阪生まれ。東京大学経済学部卒業。3年間ソニーエリクソン勤務。2004年に日本最大のバイリンガルアート情報サイトTokyo Art Beatをポール・バロン、オリビエ・テローと共同設立。2008年・2009年4月に東京で行われた国際若手アートフェアー101 TOKYOの共同設立者でもある。現在、10年ほど前に人生の重要ないくつかの要素と出会ったNYに帰って、NY Art Beatをスタート。NY Art Beatでは美術館から小さなギャラリーに至るまで1200以上のアートスペースの展覧会を網羅して掲載。TAB/NYABのiPhoneアプリは世界中で6万人もの人々に使われている。IT、ワイン、そしてビールに梃入れされることによって、”アート”は世界をよりよい場所にすることができると考えている。

 

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