2019年6月22日(土)「てつがくカフェ『語りにくさを、ひらく』」

コース:フクシとアートのラボ
講師:山森裕毅(大阪大学COデザイン・センター特任講師)
日時:6月22日(土)13:00-16:00(レクチャー1h+ワークショップ2h)
場所:代官山AITルーム

 
第5回目となる「フクシとアートのラボ」では、哲学者でフェリックス・ガタリ研究者の山森裕毅氏を招き、当事者研究などの視点からアートとフクシを考えるレクチャーと「てつがくカフェ*」を組み合わせた3時間半のセッションを行いました。
*哲学カフェ(仏:café philosophique)とは、哲学者マルク・ソーテ(1947年–1998年)がフランスのパリで はじめた創立した哲学的な対話をするための草の根の公開討論会。(引用:Wikipedia)

 
山森裕毅氏は、大阪大学人間科学研究科基礎人間学を修了し、看護専門学校やグループホームでの勤務を経て、2017年より大阪大学COデザイン・センターにて特任講師を務めています。北海道浦河町にある「ベてるの家」とつながりの深いコミュニティスペース「ベてぶくろ」にて定期的に「哲学カフェ」を開催し、色々な背景を持つ人々が集う場づくりをしています。

 

 
◼︎べてるの家とは
1984年に設立された北海道浦河町にある精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点。そこで暮らす当事者達にとっては、生活共同体、働く場としての共同体、ケアの共同体という3つの性格を有しています。

 
◼︎当事者研究とは
北海道浦河町にあるべてるの家と浦河赤十字病院精神科ではじまった、主に精神障害などをかかえた当事者の活動や暮らしの中から生まれ育ってきたエンパワメント・アプローチであり、当事者の生活経験の蓄積から生まれた自助(自分を助け、励まし、活かす)と自治(自己治療・自己統治)の手段。その主体はあくまで「当事者」であり、「研究」に軸があるため、専門家や医療者による支援アプローチとは一線を画しているとされています。
主に、昨年度のMADのゲスト講師でもあり、北海道医療大学教授の向谷地生良氏が、研究・実践しており、2005年に当事者研究に関する書籍が出版されて以降、浦河町以外の施設や医療機関でも取り入れられているほか、発達障害、依存症、認知症などにも広がりを見せています。

 
はじめに、山森氏より、「語ることの難しさ」について説明がありました。その種類は以下の通りです。

 

・そもそも自分に何が起こっているのかわからない
・語ることを押さえ込まれる
 →病や暴力被害(加害)、悲嘆、生きづらさなどの「弱さ」や「危うさ」をさらすネガティブなことは、語ることが社会的に許されないか、避けられる。語れば非難されるか、排除されるか、ネタにされる。(例:トランスジェンダーの方は、少し前までは「異常」な側に追いやられていた)
・語ることを乗っ取られる
 →医療用語や法律用語、学術用語などの専門用語によって、自分のことを説明されてしまう。自分の語ったことが専門用語に変換されるか、自分自身から専門用語で説明してしまう。

 
ことばで表現されなかった思いは、しばしば症状や暴力の形で表現されることがあります。
近年、こうした各々がかかえる「語りにくさ」を語っていこうという流れがあり、語ることの効果の一例が以下になります。

 

・自分が存在していることが誰かに認められる
・自分がどこにいるかを確かめることができる
・自分に何が起こったのか/起こっているのかを整理し、これから起こるかもしれない出来事に対して備えることができる(自分が物語の主人公になれるor取り戻す)
・自分の物語を語ることで、それを聴いた誰かを励まし、助けるかもしれない

 
また、それらを「聴くための道具」として、語りの類型化が必要であると医療社会学者のアーサー・W・フランク(1946-)が『傷ついた物語の語り手』(1995年刊行)の中で述べました。
語りの類型化は「回復の語り」「混沌の語り」「探求の語り」の3つがあります。

 

・「回復の語り(restitution narrative/story)」は、病気になった人が、病気になる以前の健康な状態へと戻ること(生活再建)をゴールとして描くような語りを指します。
・「混沌の語り(chaos narrative/story)」は、矛盾した表現であり、回復しえない病に直面し、健康であった時の人生=生活のルートから外れ、迷い人になっている状況下での語りです。
・「探求の語り(quest narrative/story)」は、苦しみに真っ向から立ち向かおうとするものであり、それは病を受け入れ、病を利用しようとします。

 

 
これらの語りは、独立して存在するわけではなく、同時に混じり合って存在し、病者が置かれる状況によってどれかが前面に現れ、どれかが後景に退きます。

 
山森氏は、言う内容よりも、まず、何かを言える場が(で)あることが大事だと言います。
語ることにより、自分が自分の物語の主人公になるのです。

 
後半は、ワークショップ形式で、テーマや問いを受講生が出し合い、対話をしながら掘り下げていく「てつがくカフェ」を実践しました。講師やファシリテーター、様々なバッググラウンドや経験を持つ受講生たちが議論を深め、関心をひらき、共有します。

 

 
山森氏は、「てつがくカフェ」を行う際のルールを次の通り解説しました。

 
【てつがくカフェ】:
テーマを一つ決めて、討論ではなく対話をしていく。

 
・ルール

1、(safety*が脅かされない範囲で)何を言ってもよい
 *safety:信頼に基づく安心・安全
2、他の人の考えに対して否定的な態度を取らない
3、聴いているだけでもいい
4、知識を披露するのではなく、経験にそくして話す
5、話がまとまらなくてもいい/意見を変えてもいい/混乱してもいい
6、気持ちや体調がしんどくなりそうだったら、輪から離れてもよい

 
・コツ:自分が話すことと同じくらい聴くことを大切にする(ケア的な応答)
    焦らず、ゆっくり、沈黙も楽しむくらいの気持ちで

 

 
皆が簡単に自己紹介を行ったあと、「安心・安全てなに?」「てつがく対話とアートの接点は」「どうしたら幸せに働ける?」など、前半のレクチャーで疑問を持ったことや、参加者が日頃直面している問題などがテーマとして出てきました。

 

 
話者は、話すときに毛糸のボールを持ちます。これにより、今誰が話しているのか、だれとだれの間に会話のキャッチボールが集中しているかなどのやり取りが可視化されます。

 

 
今回は、参加者の関心が最も集まった「どうしたら幸せに働ける?」というテーマについて、主に掘り下げて話し合いました。
このテーマに対して、「そもそも働くことの中に幸せを見出そうなんて思っていない」や、「どうして働くことの中に幸せを感じられないのかわからない」「何か役割が与えられているだけで幸せなこと」「恵まれていることに気付けていない」など様々な意見が飛び出しました。

 
山森氏は、てつがく対話は引き金をひく役割をもつと言います。
他人同士の間で一連の対話がなされた後、もやもやした感触が残って、それを各自家に持ち帰り、今度は個人の中で対話や議論が始まることが 良いプロセスであり、次のステージへとつながることだそうです。
私も今回輪に参加させていただきましたが、数時間前に初めて会った人たちの個人的な悩みや心の深い部分で考えていることを聴いてしまう奇妙さや面白さを感じました。

 
終始聞き役に徹していましたが、最後に一人ずつ感想を言い合う場面では、普段は軽々しく口にしないような「働く」ことに関する真剣な思いやワークショップで感じた気づきを、皆に吐露している自分がいて大変驚きました。
何時間も他人の悩み事を聴いていたら気が滅入ってしまいそうですが、てつがくカフェでは、定められたルールのもと一定時間限定で話し合うので、個々が抱えている問題に関して、丁度良い具合に語り、そして聴くことができるのではないかと思いました。

 
小山 望実

 
【参考】
当事者研究とは-当事者研究の理念と構成- (向谷地生良)
べてるねっと

RECOMMEND

Art & Culture TRIPS

 10月26日(土) 8:30-19:00(予定)

ナビゲーター:AITスタッフ
ゲスト:山根一晃、佐塚真啓、永畑智大
訪問先:Super Open Studio 2019(S.O.S 2019)、国立奥多摩美術館
定員:25名 *最小催行人数:15名
料金:¥16,000(税別)*コース生 ¥2,000引

20軒を超えるスタジオと、その所属アーティスト約120名からなる「Super Open Studio 2019」や、制作スタジオを美術館に見立てプロジェクト活動を行っている「国立奥多摩美術館」を巡ります。

Art & Culture TRIPS

 10月12日(土) 9:00-19:00(予定)

ナビゲーター:ロジャー・マクドナルド(AIT)ほか
ゲスト:堤隆(浅間縄文ミュージアム館長兼主任学芸員)
訪問先:フェンバーガーハウス、浅間縄文ミュージアム
定員:15名 *最小催行人数:13名
料金:¥16,000(税別)*コース生 ¥2,000引

ロジャー・マクドナルドのガイドのもと、縄文のアニミズムとアートとのつながり、絶滅を考えるユニークな1日ツアーです。長野県にある「浅間縄文ミュージアム」と「フェンバーガーハウス」を巡ります。

Art & Culture TRIPS

 4月20日(土) 14:00-18:00(予定)

ナビゲーター:AITスタッフ
ゲスト:和佐野有紀(PROJECT501ディレクター / 耳鼻咽喉科医)
訪問先:PROJECT501、アクセンチュア株式会社、アーティスト・スタジオ
定員:12名 *最小催行人数:7名
料金:¥7,500(税別)*コース生 ¥2,000引

本ツアーでは、普段はなかなかアクセスできない企業に展示されている作品やアーティストの作品が生まれるスタジオなどを巡り、じっくり時間をかけて様々な角度からアート作品を鑑賞します。

Mail Magazine