2017年01月31日

Vol.9「ものの違う側面を垣間見た時に可能性を感じる」

森田浩彰さん(アーティスト)
2004年度MADアーティストコース修了

 

聞き手:脇屋 佐起子
2010年度MADキュラトリアルスタディーズ修了


普段何気なく手や目にしているものが、アーティストの視座を加えることで全く違うものに見えてしまい、もう以前と同じものに見えなくなることがある。それこそが美術にしかできない醍醐味ではないか。森田浩彰は、まさにその才能に秀でたアーティストである。時には2本のペットボトルの間での水の移り変わりを用いて、日常生活に存在する違和感を見せ、時にはコマ撮りの手法で膨大な時間をかけて日用品を並べた、デジタル時計の文字盤で時間の概念を思わせ、時には展示空間にはただ紙の束しかないというトリッキーな姿勢も見せながら、鑑賞者の一元的な視点を揺さぶる。最近MaS(T)Aという五月女哲平とのユニット活動を始めたというが、そのユニークな作品の着想やロンドンでの留学時代に培われた意識、現在の関心や今後の活動まで、幅広くお話を聞くことが出来た。

2004年にMADのアーティストコースを受講される前に、「Bゼミ・スクーリングシステム(以下、Bゼミ)」で美術を学んだ後、イギリスに留学されていますが、それまでにも美術教育を受けられたのでしょうか?

森田:最初はイラストレーターになりたくて専門学校に行ったのですが、次第に興味が美術にシフトしていきました。専門学校を出てもアーティストになれるとは思えなかったし、孤立していては未来につながらないと、他を探していた時にBゼミを知りました。Bゼミは、大学でも専門学校でもない学校で、毎日アーティストや批評家が授業やワークショップをしていました。元々は60年代から「もの派」のアーティストが講師を勤めていた歴史のある学校で、オルタナティブスクールの走りとも言えます。2004年に授業形式を終了し、2009年、週末にイベントを行うスペース「blanClass」になりました。講師として岡崎乾二郎さんや丸山直文さん、同級生には南川史門くんや橋本聡くんがいました。全学年合わせても50人くらいの小さな学校でした。美大と同じように、美術の文脈をはじめ、アーティストたちが共有しているものをそこで学びました。

その後ロンドンへ留学された経緯は?

ゴールドスミス 外観

森田:Bゼミに通っていた頃、岡崎乾二郎さんが企画に関わっていた「アトピックサイト」(1996年、東京ビックサイト)という展覧会で、海外から来たアーティストを手伝うことになりました。周りの人たちが意外と英語を喋れることに驚いて勉強を始めたのですが、そのなかにBゼミに来ていた眞島 竜男さんや佐藤勲さんがいて、二人ともゴールドスミス(ロンドン大学ゴールドスミス校)出身でした。ゴールドスミスに行くことは最初から決めていたわけではなかったのですが、Bゼミとやり方が似ていると聞いて馴染めそうな気がしました。

AITにも出身者がいますが、ゴールドスミスは他の大学とは違う方針を持った学校だと聞きますね。

森田:基本的にはスタジオで制作を行い、週に1度レクチャーとセミナーと呼ばれる批評会があるだけですが、しっかりと構成されています。例えば、僕の通ったMA (Master of Arts)とディプロマでは、学期毎にセミナーのシステムが変わります。一学期は週に1回、二人ずつ自分の作品を見せて講評会をします。そこでは、アーティストは自身の作品について説明することを基本的には許されません。 まわりの人たちが作品について予想したことを議論して、それに対して最後にアーティストが応答 します。二学期に入ると、どんな本を読んでいるか、どんなことに興味があるかという自身のバックグラウンドについてのプレゼンテーションをしながら、作品を提示します。三学期では、自分のアイディアを説明しながら作品を見せて、ディスカッションを行います。卒論については、二学期の授業で自分のバックグラウンドを話す為にリサーチしたことを軸に、進めていくようになっています。それ以外は、基本的にはスタジオで制作して、たまにチューターとチュートリアル(作品について話し合う)をします。ゴールドスミスがすごいのは、学外のアーティストにチュートリアルをしてもらいたい時なども、学校側が手紙で依頼してくれて、相手が興味を持てば呼んでもらえることです。その後「何を話してどう思ったか」を学生がレポートにまとめ、それをコースディレクターが読むことで自分のグループの学生がどんな人と話したかを把握します。

大物アーティストでも呼べたりするんですか?

森田:呼ぶ場合には学校側が謝礼を払うのですが、それほど大きな金額ではないので、相手のタイミングと興味が合うのが肝心な部分です。ただ、ダミアン・ハーストなど、良く知られたアーティストが来られる可能性が少ないことはあらかじめ知らされていました。講評については、他の学生も批判的に見るし、見る目が厳しいです。僕はそれほど英語が出来なかったのですが、講評の度に何か批判的なことを言われていることは理解できました。

卒業後にすぐ帰国されたのですか?

森田:そうですね。イギリスで、ロジャー(AIT 副ディレクターのロジャー・マクドナルド)の弟であるアーティスト、ピーター(ペインターのピーター・マクドナルド)と知り合いました。ロジャーが「ムーヴィング・コレクション」というプロジェクトを企画していて、スーツケースに作品を入れて移動しながら、いろんな場所で展示していたのをピーターが紹介してくれて、AITの存在を知りました。人との出会いもありそうだし、どんなことを話すのか興味があった。アーティストコースは比較的、受講料も安かったので、受講しました。

MADの授業を受けてみてどうでしたか?

森田:実は、最初はあまり面白いと思えなかった。当時は小澤慶介さんとロジャーが主に教えていましたが、二人とも研究やキュレーション側だし、僕が興味を持っているトピックともかなりズレを感じていて、うまく自分にフィットしなかった。今なら二人の興味にもっとアクセス出来ると思うので、むしろ今通った方がいいのかもしれないですね。現在は、キュレーターの小澤さんが興味を持っているトピックを、制作側の観点からアーティストの森弘治さんがフィードバックするというコンビネーションで、 受講生にとってもいい状況ではないかと思います。働きながら制作している人や美術に興味を持ち始めた人、映像関係の仕事をしながらアートの活動もやりたいとか、いわゆるアートを仕事にしていない人たちがアートについて語ったり、何かを見せようとする場だから、有難い場所だと思います。美大だと在籍している人の年齢も限られるし、いろいろなことが限られてしまいますが、MADには様々な世代の人が美術に興味を持ち、それぞれのやり方で美術に関わろうとしている人がたくさんいる。そういう人に出会うことは、実は美大ではあまりありません。帰国後、発表する機会もなくて、どんな風に日本のアートシーンにアクセスすればいいのかわからない時期でもありました。

2002年に日本に戻られたんですよね?

森田:卒業後すぐ戻って来ました。まわりの人はそのまま他の学校に入り直したり、ビザも持っていたけど、お金の問題もあってロンドンに残るのは厳しかった。大きなチャンスがあったわけでもなかったし、長居して帰りづらくなるのも困ると思って、帰国することにしました。

帰国されてからは美大で講師をされていた経歴をお持ちですが、ロンドンと東京でそれぞれの良さが見えたり、違いに戸惑ったりしたことはありましたか?

ゴールドスミス 校内

森田:まず学生の姿勢が全然違います。ゴールドスミス独特なのかもしれませんが 、ロンドンの学生はとても能動的で自分の意見をどんどん言うし、講評やディスカッションをする意味もきちんとわかっていたように思います。一方で、全員とは言いませんが、日本の美大生は受け身で、その場をやり過ごそうとしてしまう。作品をつくりたいという思いはあると思いますが、講評会は作品を出して、ただ先生からコメントをもらえばいい場だと思っているように感じます。イギリスの学生は、ただ話すだけではなく、議論がその場で積み上がっていくことに貢献 しているような感じがする。だからこそ自分も発言を求められるし、議論に参加しないとそこにいる意味すらない。ただその違いは、単純に日本の美大生たちのせいではなく、どんな教育をそれまでに受けてきたかということも関係していると思います。

一般的によく言われているのは、日本の教育は受け身で、答えを求められることはあっても、その答えにたどりつくまでに「何をどう考えたか」は聞かれない。その影響もあるのかもしれないですね。

森田:最近の学生は、僕が教え始めた頃よりも自分のことを喋るのに抵抗がなくなってきたのか、話すことはします。いい議論が出来るかどうかは別としても、話すこと自体には抵抗感がなくなったのか、受け身であることは変わりませんが、とにかく話すようになりました。

話すことに抵抗がなくなったら、今度は何を話すかですよね。

森田:そうなってくると、先生のいる意味も全然違ってきます。ゴールドスミスでは先生は生徒のやりたいことをどのように後押ししたり、どの部分を捨てるかというような違う視点を与えるためのアドバイザーとして存在していますが、日本の美大の先生は自分達の大きな知識を学生に分け与えることを望まれている気がして、違和感を感じます。イギリスの先生は「脇道に逸れたいなら、そっちに行けば?」と言うけれど、日本の先生は「じゃあ、俺についてこい」というスタンスを求められているのかもしれません。

| C l o c k w i s e | 2005-2008年 | HDビデオ、サウンド | 1440分 |
24時間のストップモーションアニメーション

森田さんの作品についてもお伺いしたいのですが、《Clockwise》(2008年)は、いろいろな日用品でデジタル時計の文字盤が構成され、それが変化していく作品ですが、制作には3年かかったそうですね。

森田:発表する場所や、アイディアを具現化するための制作方法についてリサーチしながらだったので、実際の制作時間は半年くらいです。最初のサンプル制作から足掛け3年です。

日用品をモチーフにされた作品も多いですが、着想はどのように?

森田:この頃まではものありきで、そのもの自体が持つ可能性をいかに表に出せるかを考えていました。ものは機能を持っていますが、身近であればあるほどその機能を考えずに使っていたりする。例えばその機能を他のものに転用できるかとか、こういう意味を持っているとか、いろいろなコンテクストが重なっている状態にあることを、もう一度引き出して転用するような着想の仕方です。実際にものを眺めながら考えたり、自分の生活のなかから違和感を取り出して、そこから考え始めたり。例えば《From Evian to Volvic》(2001年)という作品は、ミネラルウォーターの Volvicのボトルが床に、高いところにevianのボトルが置いてあって、水がポタポタ垂れてくる作品です。ロンドンに住んでいた頃、家にVolvicの大きなボトルを常備して、外出時には500mlボトルに詰め替えていました。学校で飲み終えて買った別の銘柄の500mlボトルにVolvicの水を注ぎ替えた時に、何かいけないことをしているような違和感があって、これはなんだろうと。容器として考えればVolvicでもevianでも同じはずなのに、淡い罪悪感を覚える。その感覚をどうしたら作品化できるか、どうすれば他人の目に見えるかたちにできるのか考えていきます。

| From Evian to Volvic | 2001年 | エビアン1.5Lボトル、ボルビック1.5Lボトル | サイズ可変 |
壁や梁の上など、高い場所に設置された
エビアンから床のボルヴィックに長時間かけてゆっくりと水が垂れ続ける。

日用品はいろいろあるなかで、作品化するボーダーラインはあるのでしょうか?

森田:難しいですね。さっきの違和感や発見のような、これはカップだと思っていたものの違う側面を垣間見たときに、可能性を感じるような気がします。例えば、一時期、毎朝5時半に起きる生活をしていました。ある朝、まだ半分寝ている状態でテレビをつけると、コマーシャルが流れてきた。そこには、テレビ画面に映し出された寿司下駄の上に、お寿司を並べてつくった数字の42が構成されて映し出されていた。まだ寝ぼけていた僕は、その数字がそのときの時間、つまり5時42分を示していると間違えて認識してしまいました。それが面白くて翌日同じ時間に録画したら、時間の表示ではなく、テレビのサイズを表す数字だとわかった。偶然と言えばただの偶然ですが、それを実際にやってみようと思ったのが、日用品で時計の文字盤が構成されていく《Clockwise》を制作したきっかけです。

作品にならないという判断はどのように下すのですか?

森田:例えば何かを置いてみた時にいいなと思う瞬間があっても、ちょっといいなと思っただけでは作品にならない。どういう意味や文脈がそこに乗るかということにうまく関われそうな時に、作品になる可能性を感じるのかもしれないです。

2011年の、天井から吊られた蛍光灯を用いて地震の起こる現象を再現する インスタレーション作品《Timequake》は、震災後に制作されたのでしょうか?


「タイムクエイク」 青山|目黒(東京) 2011
Timequake Aoyama | Meguro, 2011 |
Local Earthquake | 2011 年 | 蛍光灯、
モーター、鉄、タイマー |
240cm×240cm×70cm |
天井から、グリッド状につり下げられた蛍光灯が、ある周期で、地震のように揺れる。

森田:震災前です。2011年1月8日から2月5日まで、個展「タイムクエイク : TIMEQUAKE」をギャラリー青山|目黒で発表していましたが、実はその次の展示でも、その作品を照明として使用していました。震災の時には、あり得ないほどの揺れ方をしたそうです。今なら発表出来るかもしれませんが、あの作品は震災直後 には発表出来ないですね。あの作品の搬出は地震の後だったので、以前とは全く違う意味を持つ作品に見えました。

あの作品の着想はどのように生まれたのですか?

森田:Bゼミに行く前に住んでいた大阪で阪神・淡路大震災を経験しました。大阪はそれほど被害を受けたわけではありませんが、地割れがあったり、水が噴き出していたり、クレーンが倒れるなどの被害がありました。家族に電話で安否確認してから一度寝て、起きてテレビをつけたら神戸の街が燃えていた。誰しもあるかわからないけれど、何かをひっくり返されるような感じを受けました。正直、僕にはネガティブな部分だけではなくて、ポジティブというかエキサイティングに感じる部分もあったけど、そんなことは気軽に言えずモラルに抑圧されていた。でも、10数年経って、そのモラルがだんだんゆるんできた。その当時に関西 にいた人と話すと、同じようにわくわくしたとか、こういう面白いこともあったということを話し始めて、僕だけじゃなかったんだと思いました。地球規模で地震をとらえれば、大陸間プレートがずれて揺れる自然現象であって、ネガティブな印象はかなり人間的な視点ではないかと。ならば扱い方を変えれば何か違うことができるのではないかという発想で、地震の起こる現象自体をまねる作品をつくったんですよね。揺れているからといってそこには危険はないけれど、過去に自分が経験した地震の記憶と、目の前で起きている現象が一致しているような、一致していないような、変なずれが起きるのではないかというアイディアでつくりました。《Clockwise》あたりから飛躍というか、ものベースではなくなってきたと人にも言われますし、自分でも納得する部分は多いです。それまではこの目の前のものをどう理解するかに集中していましたが、《Clockwise》の場合、時計自体は物質だからものをつくっているつもりでも、必然的に時間の概念も関わってくる。時間は、概念的な道具でありながら、ものではない部分もある。例えばそれがものではなくても、自分たちが使っているツールや共有している経験になっていると考えると、だんだんものに対する考え方が広がってきた。

ものの役割が、テーマから手段や表現のための道具に変化してきていると。

森田:ものじゃなくても同じようなことが出来るし、そう考えればものに縛られている意味はほとんどなく、同じ方向線上にあるんじゃないかと思うようになりました。

これまでよりも少し楽になりましたか?

森田:まだこの頃はあまり楽な感じはありませんでしたが、扱うモチーフが増えてくるから、そういう意味でいろいろなものと関わることができるようになった。扱うものが増えればそれなりの難しさが出てくるじゃないですか。だからまだそれをうまく扱えていないのかもしれないですね。




|人が集まる場所で、みんなで、行う、何か | 2012 年|
美術館の様々な場所でアーティストによって仕掛け
られた、実際に行われていること/設置されている
もの/観客も知らない間に巻き込まれていること、
などから構成される作品。会場に置かれた紙に記さ
れたテキストと地図によって観客はそれらを知る。

2012年に行われた、東京都現代美術館での展覧会「MOTアニュアル2012 Making Situations, Editing Landscapes風が吹けば桶屋が儲かる」(以下、風桶展)での作品も印象的でした。これまでものを扱ってきた森田さんの作品なのに、展示室にはいろいろな文章が書かれた紙が置かれているだけでした。

森田:僕が東京都現代美術館の「ベンチを手作りして設置した」 ような、ものベースの作品はどこにどういう状態で存在しているか、人が関わっている作品はどこで行われているかを知らせる紙が、全部で40種類ありました。なかには、その日に行われていないこともありましたが、その場合はその行為を知らせる紙の束を設置しない方法をとりました。

展示室にあるものだけに終始しない作品を扱う展覧会でしたが、発展して起きたこともありましたか?

森田:たくさんの人が紙に示されている場所に実際に行ったり 、自主的に作品に関わることもあるので 、いろいろなエピソードがありました。幾つか非公開で行われた行為もあって、そのなかのひとつに、開くと「このノートは持って行かないでください」と書いてあるノートがあって、いつまでそこに存在するかと思っていたら、そのうちに人がノートに書き込み始めた。いつの間にかルールが出来て、日記みたいなものが書かれるようになり、それが増えていって、このことについて知っている人たちと「すごいね」 と話していたけれど、途中でノートが盗まれてしまった。一度盗まれたら何度も盗まれるようになって、最終日に最後のノートを置いたらすぐに盗まれました。

そのノートも同じ展示台に置かれていたんですか?

森田:それは NADiff contemporary(ミュージアムショップ)の奥のベンチに置いてありました。展示室で「非公開」とされていた作品のうちのひとつが、そのノートだったというわけです。僕がたまに展示室にいることもありましたが、ゴミ箱のなかに僕の作品があるという紙を読んだお客さんが、ゴミ箱から取り出して「これか」って爆笑して、作品じゃないだろう、とゴミ箱に戻していた。それを見て「持って行かないのか」と思ったこともありましたし、逆に、「僕の作品をゴミ箱から拾いましたよ」と見せてもらった作品が、全然違うものだったりもしました。

それは本当にゴミだった。

森田:「いや、それも作品ですよ」って言いましたよ。

想定外のアクシデントもあったでしょうね。

森田:美術館でしてはいけない行為を誘発させるものもあったので、担当キュレーターにはかなりダメ出しされましたし、会期3日前に許可が降りた行為もありました。僕のクレジットカードを美術館の野外彫刻のなかに置くもので、その彫刻の作家に手紙を書いて何度も連絡をして、やっと許可が出ました。トイレにこもって何かするというプランも幾つか出しましたが、管理できないものは難しいと判断され、却下されました。



|誰かとひとつの場所に集まること| 2011 年|
アーティストにあらかじめ依頼された 12人が様々な
物や行動を隠しつつ、ひとつの場所に集まり歓談する
パフォーマンス。誰がどんなことを隠しているのかは、
観客はもちろんパフォーマー同士にも知らされていない。

少し時間を進めて、最近始められたMaS(T)A(森田浩彰さんと五月女哲平さんによるユニット)の経緯を教えて下さい。

森田:その前に「風桶展」にいたるきっかけについて話したいのですが、blanClassで一日だけのイベントのオファーをもらったんです。blanClassのイベントは通常は有料で、時間も限定されていることに抵抗感があって、1年半くらい「アイディアが浮かんだらご連絡します」と言って逃げていた。しびれを切らせた小林晴夫さん(blanClassディレクター)に「日程を決めよう」と言われて、イベントをやらざるを得なくなりました。展覧会と違う形式とやり方で何かをやらなきゃいけない時に、今までの作品や活動をとりあえず保留したうえで、何か別のことをやるという選択肢が出てくる。今までやってないことをやろうということで、その時は僕が12人に「現金百万円持ってきて」とか「刃渡り30センチのドスを持ってきて」とかリクエストしました。

物騒になってきましたね。

森田:「トイレでエロ小説を読んで下さい」とか「おむつを穿いてきてください」とか。だけど百万円もドスも、トイレでエロ小説を読むのも全部実際の行為は見られない。持っていたり、その行為を行っていても見ることが出来ないもの、そういうインストラクションを行ってもらいました。何をしているかは紙に書いて貼ってあるのですが、その行為を行っているのが目の前にいる人かもしれないし、誰がやっているのかわからないこともある。行われているのかどうかさえもわからない状態で、そこにみんなが集まっている。

それが2011年にblanClassで行われたイベント「誰かとひとつの場所に集まる」なんですね。

森田:その時に「風桶展」の担当キュレーターが非常に面白がってくれて、僕もこのイベントを展覧会という形式でやったほうが面白いと思ったし、実際に出来る可能性を感じた。その後、正式にオファーをもらいました。自分が今までにやってきた活動や作品を保留にしたままで何が出来るのか、それから勉強のためにお客さんとしてblanClassやCAMPなど、何かが起こる場所に関わるようになりました。その頃から、ものを提示することだけが作品を発表することではないし、展覧会という形式だけが何かを表現することでもないと考えるようになりました。そこからMaS(T)Aの活動につながってきます。何かに興味があってやってみたいけど、これまでの自分の作品の流れに合わないからと、やめる選択もありますが、アーティストとしての森田浩彰という名義を保留出来れば、何でも手を出せるのではないかと気付きました。僕は個人でも問題ないとは思いますが、例えばMaS(T)AというユニットやblanClassのワンデイイベントなら、興味があることに対して別の角度からアプローチできる良いやり方なのではないかと考えています。MaS(T)Aの場合は、アーティストの五月女哲平くんがアーツ千代田3331からのオファーで作品を出展するにあたり、何か一緒にやりませんかということで話を頂きました。何をやるか相談していた時に、二人とも特に好きではない旅行をしようという話になりました。



| 旅の行方≒栄螺堂 | 2014年 |
HD ビデオ、写真、オブジェなど |

お二人はもともと親交があったのですか?

森田:彼が学生だった頃から親交があります。作品の形態が全然違うので意外な組み合わせで、そういう意味でも一度やってみるといいんじゃないかと。それ以外にもAAG(The Academy of Alter-Globalization:メンバーは増本泰斗さん、秋山友佳さん、原田晋さん)というユニットと一緒に「アラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る」(2012年、森美術館)を見に行き、集まった参加者で有名コレクターとか高校生とか森美術館の館長とか、事前にそれぞれの架空の役割を決めて鑑賞するイベントをしました。僕個人ではできなくても、ユニットや複数人と協働するというかたちであれば出来ることがあるし、人と関わること自体が、自分ではないものを受け入れざるを得ないから、そこに興味があります。MaS(T)Aでは、「自分の外部に出会いにいく旅行」をテーマとして栄螺堂(さざえ堂)に出かけました。旅の原型に巡礼という形式がありますが、栄螺堂のような螺旋構造のなかを巡ることで巡礼できる場所なら、巡礼をひとつの建築物のなかで出来て、旅について学べるのではないかというアイディアです。実際に行く前に他の螺旋構造の建物で予行練習しようという話になって、プレ的な作品をつくりました 。その作品を出品した3331のアートフェアで頂いた賞金もあるし、個展も決まったので本物の栄螺堂に行くことになりました。

公園の貝型の遊具や立体駐車場から始まって、最後は、実際に三大栄螺堂に行かれたわけですね。その巡礼体験をもとに制作された映像作品や写真、オブジェが、アーツ千代田3331で展示されていましたが、その中で、こどもの耳あてなどが粘土に埋まっているオブジェが気になりました。それは何か理由があったのですか?

森田:栄螺堂の踏み石には、各霊場の砂や土を練り込んであって、その踏み石をひとつ踏めば、その霊場に行ったことになるのですが、それは栄螺堂と遠くの場所をつなげる機能を果たしている。だとすれば、持ち帰ったものを粘土のなかに封じ込めることで、ひとつの踏み石のようなものとして残すことができるだろうと思い、粘土のなかに埋まった耳当てのオブジェをつくりました。栄螺堂をまわることで発見したことがオブジェや写真のベースになっていて、いろいろな経験をもとにつくられた作品の説明として映像があります。映像を見ながら、オブジェとの関係を考えたり、関連付けて見てもらうことで、より能動的な鑑賞経験を引き出せると思い、そのような空間をつくりました。

話は変わりますが、影響を受けた作家はいますか?

森田:フェリックス・ゴンザレス=トレスやマルセル・デュシャンですね。デュシャンはアーティストならみんな影響を受けているかもしれませんが。自分の初期作品は、トレスがアートの文脈で語りにくいプライベートなことを語ったり、ものに個人的なことを語らせるところにとても影響を受けていると思います。

今、ご興味のあることはなんですか?

森田:誰かと協働することや、CAMPやblanClassのイベントでの自分の経験を、自分の作品のなかにどのように反映させていくのかに興味があります。例えばMaS(T)Aなら、全然違う場所にある歴史や文脈が積み重なっている場所に行って、その文脈に自分がどう関わって行くかをきっかけに作品をつくっていますが、その経験をどのように、もう一度自分の個人名義に落とし込むかを少し考えています。まだ抽象的な段階の話 ですが。

今後のご予定があれば、教えて下さい。

森田:AAN(Art Autonomy Network)代表の嘉藤笑子さんからお話をもらって、2015年の2月6日(金) から 2月21日(土)まで、日本橋のNICA (Nihonbashi Institution of Contemporary Arts)で、日系カナダ人作家のジョン・ササキさんと二人展を開催します。3331のアートフェアの時にMaS(T)Aの作品を見てくれた嘉藤さんが「森田くん、こういうのもアリなんだ」と声をかけてくれました。国際現代美術展「DIALOGUES(対話)」という、日本の作家と海外の作家をかけ合わせる連続3回のシリーズ企画です。


DIALOGUES展(第2回展)展覧会イメージ

森田 浩彰 (もりた ひろあき)

森田

1973年生まれ、東京在住。2002年ゴールドスミスカレッジMA ファインアート修了。生活のなかで当たり前に存在しているものや現象等の、通常は特に意識を向けない物事に注意を向け、それらのなかに折り重なっている複雑なコンテクスト、関係性などをユーモアをもって可視化させる作品を制作している。近年の主な展覧会に2013年”Mono no aware: The Beauty of Things”, The State Hermitage Museum, St. Petersberg, Russia, 2012年 “MOT Annual 2012 Making Situations, Editing Landscapes” , Museum of Contemporary Art Tokyo, Tokyo, Japan等がある。

 

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