2018年06月27日

レポート:より良く生きるためのアート・エデュケーション- 福祉とアート、世界の事例から –

コース:子どもとフクシとアートのラボ
講師:堀内奈穂子(AITキュレーター)
日時:6月14日(木)19:00-21:00 場所:AITルーム(代官山)

 
4回目となる「子どもとフクシとアートのラボ」のテーマは「より良く生きるためのアート・エデュケーション」。
前回のヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗さんのレクチャーを振り返り、児童養護施設か里親かという二項対立を超えて、子どもをとりまく状況の複雑さや困難さを再確認。だからこそ、このコースではアートによって拓ける道があることを探っていきます。

 
まず導入としてG・C・スピヴァンクの『サバルタンは語ることができるか』(みすず書房、1998年)を取り上げました。社会から虐げられていた人々は、本当に自身の言葉で語ることができるのか?ポストコロニアル批判における重要な切り口から、制度に依らない言葉を見つける必要性を示します。
さらにエドワード・サイード『世界・テキスト・批評家』(法政大学出版局、1995年)から、批評の社会的目標とは非強制的な知識であるということを引用し、どのような制度の中でも自ら語る言葉を見つけるための教育の重要性について話を進めます。

 
一方、アートにおける学びも様々に変容してきました。
ファシズムへの抵抗でもあったトリスタン・ツァラらを始めとするメンバーによって立ち上がったダダの運動はもちろん、1968年パリ五月革命にも深く関わるギー・ドゥボールらのシチュエイショニスト・インターナショナルの活動や、社会や政治への抵抗として都市を歩く「漂流」の概念を紹介しました。そして80年代に入ると、特にイギリスやアメリカにおいて行われた「排除」に対する「包摂」という政策、また、そうしたことから活発になったソーシャリー・エンゲイジド・アートの潮流に触れます。

 
こうした歴史的な動きの中から、ヨーゼフ・ボイスによる「自由大学」、また、アートと社会の関係性をテーマにした作品への鋭い考察としてクレア・ビショップによる書籍『人工地獄(原題:Artificial Hells)』(フィルムアート社、2016年)も紹介しながら、そこでも触れられているいくつかの批評性を伴う作品を紹介し、トーマス・ヒルシュホルン、タニア・ブルゲラ、パベウ・アルトハメル、アルトゥール・ジミェフスキなどの実践を紹介しました。

 
さらに、レクチャー中盤は、アーティストの表現や活動から、国内外の美術館で行われているエデュケーションやラーニングプログラムにも目を向けます。近年、美術館が多様な鑑賞者層に向けてさまざまな取り組みを行う中で、オランダのVan Abbemuseumが実践する、高齢者や障害を持った人々など、美術館に実際に行くことが身体的に困難な鑑賞者に向けられた鑑賞プログラムや、ニューヨークのMoMAが実施した、アルツハイマー型認知症の人々とその家族や介助者に向けたコレクションの鑑賞プログラムなどを取り上げました。


引用元:https://vanabbemuseum.nl/en/mediation/inclusion/museum-visit-with-robot/

 
また、海外のみではなく、日本の美術館が行った福祉とアートを考えるアーツ前橋の展覧会「表現の森」についても紹介し、アーティストと福祉の交差、またその記録やプロセスの見せ方についても紹介しました。
当日のレクチャーには「表現の森」に参加したアーティストの滝沢達史さんも同席し、実際にプロジェクトを通じてどのような気づきがあったのかお話いただきました。展覧会に向けての、ひきこもりの当事者が立ち上げた団体との協働やリサーチについて、また、当事者の人々との対話の中で「展覧会」という普段とは異なる目的があったからこそ、彼ら・彼女らが自分の辛い経験も客観的に棚上げできたり、「語りを回復する」場になっていたのではないかというコメントがありました。

 
終盤は、美術館以外の場所で行われているアートと福祉の実践や、「学校」そのものの前衛の歴史についても触れました。

 
MADの本講座で招聘する、オランダのアムステルダム郊外の精神科医療施設「アルトレヒト」の広大な森の敷地内でアーティスト・イン・レジデンス活動を行う「フィフス・シーズン」について、2018年5月に現地へ訪れたAITスタッフ藤井からの報告も交えて紹介しました。
フィフス・シーズン」は、1人(組)のアーティストがそれぞれ2〜3ヶ月滞在できるアーティスト・ハウスを持ち、入居者とのコミュニケーションやアプローチはアーティストそれぞれのペースに委ねられ、キュレーターやスタッフ側から無理にコミュニケーションを勧めることはありません。入居者宛に、お茶を飲みませんかと手紙を書き、一緒にお茶を飲む時間を丁寧に重ねて制作のアイディアを練るアーティストもいれば、コミュニケーションを取らずに空間から得たインスピレーションを元に映像作品を制作したアーティストもいたなど、表現も手法も様々。部屋の中には、天井から吊り下がったブランコや、デザイナーがデザインした可動式の家具が配置され、遊び心溢れる空間になっていました。また、学生との協働も積極的に行っており、医療に関心を持つ学生や芸術分野の学生と様々な学びのプログラムを実施しています。
2018年8月25日9月1日には、「フィフス・シーズン」のディレクター、エスター・フォセンさんを招き、本コースでのレクチャーと、子どもたちと行うワークショップを実施します。


藤井撮影

 
レクチャーの最後には、駆け足で実際の教育現場の事例を取り上げました。
ひとつは、進歩主義教育を先導したアレクサンダー・サザーランド・ニイルがドイツのドリスデンで設立し、後にイギリスで立ち上げたフリースクール「サマーヒル・スクール」の活動です。20世紀の学校の多くが体罰などを通して子どもの統率を行ったり学習の効率化が計られる中で、「サマーヒル・スクール」では、親や先生が押し付ける子どもの姿ではなく、子ども自身の主体性や自由を尊重し、大人と子どもの会議で物事を決定したり、授業への出席を強要しないなど、社会的平等と民主主義を基調とした、世界で一番自由な学校とも呼ばれました。
世界各地のフリースクールに影響を与えたそうした流れの中で、日本における事例も取り上げました。堀内がリサーチに訪れた山梨県にある「南アルプス子どもの村」は、学年も職員室もなく、授業の大半はプロジェクトと呼ばれる形式で行われています。買い取った空き家を改装したり、子どもたちが記録冊子を自主制作し販売することでプロジェクト資金をつくりだすなど、分化された科目では身に付かない複合的な学びの場であることが分かります。
子どもに向けた実験的な学びは近年増えてきていながらも、それを取り囲む大人や社会は何をすべきか、どう変わるべきか。ひいては、理解不能な「他者」についてどう想像を寄せる力を身につけるべきか。
アートにおける学びの変容や、実験的な学びの場を見てきたレクチャーの最後には、もう一度「より良く生きるためのアート・エデュケーション」というテーマに立ち戻り、受講生も交えたディスカッションを行いました。

 
本コースで学んできた児童福祉をとりまく制度や現場の体験談、そしてアートにおける学びの場の変容から、どのような試みが考えられるでしょうか。

 
次回はNPO法人PIECESの代表理事であり、児童精神科医の小澤いぶきさんをお招きし、若者や子どもたちの表現活動をチームで支援する取り組みや、子どもも大人も孤立しないために相互に支え合う共生のプログラムについてお話を伺います。

 
青木彬

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